① 浮かぶ生首
私が小学校低学年の頃に体験した話。
当時田舎に住んでいた我が一家にとって、ゴールデンウィークや盆や正月などの長期休暇に遠出することは一大イベントだった。
普段はちょっとした買い物ぐらいでしか車に乗らないので、長距離の移動というだけで心が騒いでしまう。あまり見ることのない車窓の向こうの景色にはしゃぎ、それを兄姉に煩わしく思われながらも楽しい旅行だった。
ある日のこと、出発したばかりでテンションマックスの少年時代の私は不意に変な声を上げた。
あれっ?
寸前まで外を見てはしゃいでいた私の声色の変わりようを、両親も兄姉も怪訝に思ったのだろう。皆で声を揃えて「どうした?」と聞いてきた。
あそこ、網があるとこ。首が浮いてる。
トーンダウンして話す私の声に車内が一気に静まり返った。
やや霊感が強かった少年時代は極稀にハッキリと視えてしまうことがあり、家族もそのことは承知していた。
どこなの?
静かな車内で母だけが反応してくれた。私を除いて視世家の中で唯一霊感がある人だ。
ほら、あそこ。棒がいっぱいあるとこ。あの手前の棒に首が刺さって浮いてるよ。
海苔の養殖が盛んな地域だったため、至る所に海苔の支柱式漁場(支柱を立て網を縛って養殖する方法)が広がっており、支柱の1つに生首が刺さっていたのだ。
父と兄と姉は「せっかくの旅行なのに……」と心底嫌そうな顔をしていたが、私に霊感があることは疑ってないため黙り込んでいた。
ホントね。目が合わないように、もう見ないようにしなさい。
母だけが優しく慰めてくれた。
私は何となく生首だと思える程度に視えただけだった。当時視力は良かったが、距離もあったの「あれは頭部だ」とわかる程度だったのだが、どうやら母には生首の表情まで視えていたようである。
② ゆみこねーちゃん
小さい頃、公園で遊んでるとゆみこねーちゃんが話しかけてくれた。
学生時代のある日、坂本がそんな話を始めた。
お前1人っ子じゃなかったっけ?
そうだよ。血縁関係的なお姉ちゃんじゃなくて、近所の年上のお姉ちゃんってこと。
なるほどね。で?
話を聞くと、分別がついてなかった幼少期の坂本は、霊を視ては思わず「幽霊がいる!」と口に出してしまっていたらしく、近所の子達から距離を置かれてたという。
親にも腫物を触るような感じで扱われてたからな。
私には想像すらできない悲しい過去なのだろうが、彼はツラい過去を苦笑いで済ませて話を進めた。
家にもあんまり居場所がなかったからさ、夕方はできるだけ遅くまで外で遊んでたんだ。
その時に話しかけてくれたのがゆみこねーちゃん?
そうそう。ついポロッと霊の話をしても、他の子みたいに怖がったりしないで笑顔で頭を撫でてくれたんだ。
良い人だったんだな。
私の相槌に坂本は首を振った。
俺もそう思ってたんだけど、良い人じゃなかったんだよ。
何か裏があってお前に近づいていたってこと?
そういう意味じゃない。
私が引っかけクイズに引っかかったかのように笑う坂本。
後からいろんな人に聞いて回ったけど、ゆみこなんて子は近所にいなかったんだよ。
あっ……!
それどころか「坂本くんは1人でしゃべってるから怖い」って噂話まで流れてたんだよ。
確かにゆみこねーちゃんは良い人ではなかったようだ。
怖い話を読んでいると、こういった「実は人間じゃなく幽霊だった」という話は数が多い。
オカルト現象に否定的な人は「元となる話があって、パクって派生していった」なんて言ってたりもするが、私は単純に「同じような体験をした人が多くいる」のだと考えている。
③ ムダな努力
この話は心霊豆知識なような感じで読んでいただきたい。
まだ何も知らなかった小さい頃からさ、ムダな努力をし続けてたんだ。
学生時代のある日、坂本がふと話を始めた。
ムダな努力?
あまりにも幽霊が視えすぎるもんだから、視ないで済むようにと視力を落とそうとしてたんだ。
テレビを近くで観たり、ゲームを長時間やったり暗い場所でやったり、本を読むのもわざと目に近づけて読んでみたりと、実に様々なことをやってきたという。
結果は?
残念ながら俺の目は刺激に強かったみたいで、高校を卒業するまで視力はほぼ低下しなかった。
大学に入学しパソコンや携帯を扱う時間が増えてから、ようやく「やや見えにくい」というレベルになったという。
ようやく目が悪くなり始めた時、俺は心底絶望したよ。
絶望?
ほら、お前が教えてくれたホラー小説にもあったろ?
さてどのホラー小説だろうと思案しようとするも、まったく問答をするつもりがない坂本がサラリと内容を漏らした。
幽霊を視るのって視力とか関係ないんだよ。
私が1番好きなホラー作品のワンシーンだった。
小さい頃から、視力が低下すれば視えなくなるって単純に思ってた。
そう言って少し黙り込んだ後、フルフルと頭を小さく横に振った。
いや、ムダだってことは感覚的にわかってたんだ。
それでも、視力が低下すれば霊が視えなくなると思い込みたかったらしい。
誰にもわからない苦悩にどうせ寂しそうな顔をするのだろうと思い、その顔を見なくて済むよう私はかけていた眼鏡をそっと外して、視界をぼやけさせた。
坂本の顔がぼんやりとしか見えなくなった。
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