夜に響く声
お父さん、陽木! 起きて!
ある日の深夜、母の叫び声で目を覚ました。
普段は穏やかな人なので、大声を出すのは珍しい。何か異常があったのだと瞬時に判断し、飛び起きた。
どうしたの?
急いで廊下に出ると、母が物置部屋のドアを必死で抑えていた。
とりあえず抑えてちょうだい!
訳が分からなかったが、とりあえず言われるがままにドアを抑えた。普段は誰も使わない物置部屋で、風通しをよくするために普段は常に開けっ放しのドアだ。
そうこうしているうちに父も起きてきて、夜中に3人でドアを抑えるという奇妙な家族の絵ができあがった。
閉じ込めた?
どうしたんだよ?
3人で抑えていることに安心したのか、少し落ち着きを取り戻した母が口を開いた。
中に誰かいるの……
えっ?
トイレに行こうとしてたら、部屋の中に誰か立ってたのよ!
だから慌ててドアを閉めて封じ込め、私達を起こしたのだという。
しかし、中に誰かいるはずはない。
我が家は基本的に常に戸締りをしている。春や秋の穏やかな気候であれば窓を開けることはあるが、人がいない部屋は確実に戸締りをする。開けっ放しということはありえない。
そして、中に誰かいるはずがない理由がもう1つある。
誰もいないはずだよ。だって俺、寝る前にこの部屋で探しものしたから。
その部屋は物置部屋として使われており、私は自室に入りきれない本をその部屋に収納している。何となく読みたくなった本があったため、私は寝る前にこの部屋に入っていたのだ。
部屋にはもちろん、クローゼットにも誰もいなかったよ。
湿気が籠らないようにと、クローゼットも開け放っているのだが、侵入者が身を隠していたわけもない。
さらにおかしなことが1つ。
これだけ大騒ぎしてるのに、何1つ物音がしないのも変だ。
私が妙に落ち着いているのにも理由があった。
開かれるドア
でも、確かに誰かいたのよ!?
慌てふためく母の肩にポンッと手を置き、優しくフォローする。
大丈夫、疑ってないよ。たぶん、視ちゃったんだろうね。
私の言葉に母はハッとし、普段から口数少ない父は短く溜め息を吐いた。
開けるよ。
もちろん私だって怖かったが、それ以上に母を落ち着かせないといけないという使命が勝っていた。
そう、うちの母は視える人なのだ。
ガチャッ
私の手によりゆっくりとドアが開かれたが、中には誰もいなかった。
怪異の家
私達が住む家は事故物件でもなければ忌み地でもない。霊道が走っているわけでもないし、近くにお墓や寺社などもない。
しかし、たまに怪異が起きてしまう家だ。
私に憑いてきたのか、母に憑いてきたのか、それともふらりと通りかかっただけなのかわからないが、昔からちょくちょく怖いことが起きている。過去の怖い体験はそのうち書くことになるだろう。
もう寝よう。
こうして深夜の母の奇行は解決なき解決を見せたように思えたのだが、ぽつりと父が漏らした一言が得も言われぬ恐怖を生んだ。
俺は視えないけど、夜に男の霊がいたら怖いだろうなぁ……
この言葉に母が反応する。
何で男の霊だってわかったの? だって私……
母は「誰かいた」と言ったが、一言たりとも「男がいた」とは言っていない。
しかし、なぜか私も男の霊を想像していた。
母しか視ていない霊。私達はいるかどうかもわからない霊を、ドアを隔てながらに感じていたのだろうか?
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