キャンプへ
私が中学3年生の時の話。
中学3年といえば高校受験を控え、本格的に受験勉強に本腰を入れる学年でもある。
しかしそんな中でも「中学生活最後の思い出作りをしようぜ!」という猛者はどのクラスにも必ず1人はいるもので、擦った揉んだがありながらもクラスで1泊2日のキャンプに行くことになった。
参加は自由だったがクラスのほとんどの人間が参加することになり、担任教師はもちろん安全面を考慮して保護者数名が付き添う本格的なイベントとなった。
受験勉強の合間の息抜きとして楽しみにされていたイベントは熱を帯び、あれよあれよという間に当日を迎えた。
定番の肝試し
21時から肝試しをするから、それまでは自由時間で!
手作りのカレーを銘々に楽しむ広場に、キャンプを企画したリーダーの声が響いた。
ちなみにこの肝試しは自由参加で、怖がりな女子が数名不参加を申し出ていた。
みなが近場の探検をしたりロッジで話し込んだりしているうちに、いよいよ肝試しの時間となった。
それぞれのグループにルートを書いた地図と懐中電灯を渡すので、代表の人は取りに来てくださーい!
リーダーが説明をする傍らで、肝試しに不参加の表明をした女子が地図と懐中電灯を配っていた。
説明を聞くに、担任教師がゴール地点で待機しており、保護者の方は全員脅かし役としてすでにスタンバイしているらしい。
暗い中で待ってる保護者の方が怖いだろうにな。
私がそう呟くと、リーダーは「保護者からもそんな声が出たから、2人1組でスタンバイしてるよ。」と笑った。
そしていよいよ肝試し開始。
安全面を考慮した4~5人の男女混合グループだった。
間隔を空けて次々と出発していくのだが、先行したグループの叫び声が断続的に聞こえてきて怖さに拍車をかけていた。
じゃあ次のグループ、出発!
ようやく私のグループの番となり、懐中電灯をオンにして出発した。
男子は私ともう1人、女子3人の計5人のグループだった。
私は暗い場所は比較的平気だったが、他のメンバーは怖がりが集まっていたようで、時折風で揺れる草木の音にビクつきながら進んでいった。
バアァッ!!
きゃぁぁぁ~!!
要所要所で脅かし役の保護者が登場。
私も友人らと一緒に驚きはするものの、その頃にはいくつかの恐怖体験を経験していたので、怖さは感じなかった。
この先砂利道になってるから気を付けてね!
脅かし役としての役目を終えた保護者からの注意事項に感謝しながら、次のチェックポイントを目指す。
そうやって進んでは脅かされ、進んでは脅かされを繰り返すうちに、間もなくゴール地点という場所までやってきた。
ガサガサガサッ
きゃぁっ!!
うおっ!!
完全に予想外だったので今まで以上に驚いてしまった。
………
ゴール地点が見えて安堵できそうな場所にピンポイントで脅かし役が配置されており、木々を大きく揺らしてわざとらしく無言で立ち尽くしていた。
脅かされた勢いで走り出してゴールし、それと同時に私は気を失った。
目覚め
大丈夫?
目を覚ますとロッジに寝かされており、担任が心配そうな顔で私を覗き込んでいた。
あれっ?
ゴール地点についた瞬間に倒れたのよ。
体調悪かったの?
担任がひどく狼狽していたため、やや残っていた頭痛を我慢して「大丈夫です、お騒がせしました。」と強がっておいた。
時計を見ると肝試し終了時刻から1時間ほど経っており、ロッジ内には寝ているクラスメイトも多かった。
新鮮な空気が吸いたくて一度ロッジの外に出ると、まだ起きていたクラスメイトに「どうしたの?」などと話しかけられた。
多大な迷惑をかけたのでこれ以上心配をかけないよう、「ごめんごめん、実は肝試しの開始前から頭が痛くてさ!」と誤魔化しておいた。
心配するクラスメイトをよそに、私は別の方に足を向けた。
足を向けたのは集まって何やら話し合っている様子の保護者グループの方。
ロッジを出た瞬間、楽しいキャンプイベント中とは思えないほど真剣に話し合う異様な光景が私の目に飛び込んできたのだ。
脅かし役お疲れさまでした。
先程は迷惑をかけてすみません。
私がそう言いながら近寄ると、話を中断して全員が振り向いた。
あら、視世くん。大丈夫だった?
心配してたのよ!
1番顔なじみの保護者がわざとらしく声を上げた。
私が近寄ってきているのに気がついていたくせに。
もう大丈夫です。
それよりも何かあったんですか?
ど、どうしたの急に?
あからさまに戸惑う声が、何かあったことを示していた。
皆さんの様子がおかしかったし、俺に何があったかを聞いてくることもなかったんで。
そう、まるで私の不調の原因に心当たりがあるかのように。
私がやんわり問い詰めると、諦めた顔をして話し出した。
真実
視世くんが、幽霊かなにかを視たんじゃないかって話してたのよ。
やっぱりね……
肝試し終了直後の私の異変、脅かし役だった保護者達の私を見る目、どこかでそんな気はしていた。
そして最後の脅かし役。
肝試しが終わって撤収してきたら、子ども達がざわついてたの。
何かあったのかと聞いてみたところ、私が倒れたというもんだから驚いたのだという。
みんなを落ち着かせるために、話を逸らそうと「どこの脅かし役が1番怖かった?」って聞いたんだけど……
口籠る保護者だったが、私が視線で続きを促すと観念したかのように答えた。
みんな口をそろえて「ゴール直前の、林の中で脅かしてた人!」って言ったのよ……
あぁ……やっぱりね。
でもね、みんなが言う場所には誰も隠れてなかったのよ!
その一言に保護者全員が力強く頷く。
私は薄っすらとどこかでわかっていた。
最後に現れた謎の脅かし役は、それまでの脅かし役と違っていた。
それまでに配置されていた保護者による脅かし役は、脅かした後に「足元気を付けて!」「暗いから気を付けて!」など、何かしら一言声をかけてくれていた。
しかし最後に現れた謎の脅かし役は違った。
実は駆け出しながら振り返って視たのだが、声を発するわけでもなくただただ佇んでいるだけだったのだ。
それに、脅かし役の保護者は2人1組だったはず。
これは肝試し開始前にリーダーに聞いたので間違いない。
実際、最後の場所に辿り着くまでの脅かし役は全箇所2人で姿を現して脅かしていた。
おそらくあれは人ではない存在だったのだろう。
そして私は、クラスでただ1人その存在に影響されてしまったのだ。
肝試しが終わってからずっと話し合ったんだけど、中学校生活最後の夏休みのイベントだからこのまま何も言わずに黙ってようってことにしたの。
保護者達は縋るような目で私を見た。
わかってますよ、俺も誰にも言いません。
そう誓った。
中学を卒業して、20年以上が経過した。
このように小説という形で書かせてもらってはいるが、当事者には誰にも話していない。
いないとは思うが、万が一この小説を読んで誰かにバレたとしても時効だと言って目をつぶってもらおう。
中学校生活最後の夏、私はクラスメイトの保護者数名と望んでもいない暗い思い出を作ってしまったのだった。
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