派遣社員の集い
派遣社員としてホテルに勤めていた時の話。
当時勤務していたホテルは大衆向けの安い宿泊プランがヒットし、連日そこそこ盛況だった。正社員だけでは人手が足らず、常時20名前後の派遣社員を受け入れており、私もその1人だった(後に正社員として雇用される)。
よくあったのが、翌日が休みもしくは遅出の派遣社員が集まり「飲みに行かないか?」「ドライブに行かないか?」という話。
同じようなノリで、こんな提案まで飛び出してしまうのだった。

肝試しにでも行かないか?
突然の申し出
提案がなされたのは、派遣社員用の寮の一室に翌日休みの猛者が集っていた時のことだった。

社員さんに聞いたんだけどさ、近くに廃墟と化したホテルがあるらしいよ。
正社員は地元民がほとんどだったため、地元ネタを喜んで派遣社員に話してくれる。どこのお店が美味しいだの、隠れた観光スポットがあるだの、話の出処は大体が正社員からだった。

せっかくだし行ってみようよ!
にわかに活気づき、派遣先に車を持ち込んでいたAくんは「俺まだ酒飲んでないし、車出すよ!」と、行く気満々だった。後から聞いたところ、肝試しをするつもりだったのであえてお酒を飲んでなかったと白状した。計画犯だ。
しかし過去に興味本位の肝試しで痛い目をみた私は

俺はいいや。
とやんわりと拒否した。
しかしスムーズに「じゃあしょうがないね。」とはならない。飲みの場ということもあったし、集まったメンバーの中では私が派遣歴が1番長いこともあり、「視世さんが来ないと始まらないっすよ!」という流れに。
本当に行きたくなかったのだが、派遣同士異常に仲が良かったため雰囲気を壊したくなく、渋々OKすることに。
だが、やはりこの時しっかりと断るべきだった。
出発と異変

車で10分ぐらいって言ってたから、けっこう近くですよ。
ネタを仕入れてきたAくんの運転で夜の山道を走っていた。
これから向かう廃ホテルの噂は、「宿泊客の心中事件により悪い噂が流れて客足が激減、倒産してしまった」という、ありがちな設定だった。心霊スポットと化した全国のホテルは、大体こんな感じの曰くが囁かれていると個人的に睨んでいる。
念のためこれから向かうホテルの名前を検索したところ、『廃墟探訪』『心霊スポット探索』といったサイトこそ出てくるものの、心中事件などの記事はヒットしなかった。すべての事件が記事になるわけではないので眉唾物と判ずることはできないが、おそらく噂の範囲は出ないだろうと結論付けた。
検索結果の話なども含め、短い道中ではあったもののそこそこ盛り上がりだった。しかし、私が座っていた後部座席にて細やかな異変が起きていた。

ねぇ、やっぱり行くのやめない?
震える声でそう呟いたのは、普段は快活なCさんだった。思えば彼女、寮で肝試しが決まってから極端に口数が少なくなったように思える。

ここまで来てなに言ってんだよ!
Cさんの異変とは対照的に完全にテンションが上がりきっているAくんとBさんは、訴えを歯牙にもかけなかった。
否定的な返事が来るであろうことを予想していたのか、Cさんはこっそり溜息をついた。相変わらずAくんとBさんは盛り上がっていたため、私は小声でCちゃんに尋ねた。

もしかして霊感ある?

うん。場の空気を悪くしたくなかったから何も言わなかったの。視世さんもそうなんでしょ?

俺はほんの少しだけだよ。普段はほとんど何も感じないし、ほとんど視えない。

でも私が霊感強い方だから、もしかしたら移っちゃうかも……
霊感が移るというのは普通の生活をしていればあまり経験しないことだが、身近に霊感が強すぎる坂本がいた学生時代を過ごした私は慣れっこだった。
後部座席でボソボソと不穏な会話が繰り広げられる中、車は小道に入った。狭い道をゆっくりと走り続けた末、宵闇の中に廃墟の輪郭がぼんやり見えてきた。
廃墟がハッキリと視認できる距離に達した時、突如車が振動した。

止まって! 引き返して!!
引き返した理由

落ち着いた?
最寄りのコンビニの駐車場、外灯に照らされる車内でCさんの様子を窺っていた。

なんとか……
廃ホテルへと続く小道、「止まって! 引き返して!!」と叫んだCさんの必死の形相に驚いたAくんは、言われるがままに引き返した。小道から抜け出してなおCさんはガタガタ震えていたため、私達は何も聞けないでいた。

視世さんは何ともないの?

うん。行き道でも言ったけど、俺の霊感なんて微々たるもんだからさ。何となく嫌な感じがしたぐらいだったよ。
所詮私の霊感などその程度だ。

Cちゃんはさ、その、何か視えたの?
肝試しを提案したAくんが、バツが悪そうに尋ねた。こんなことになるとは思ってもなかったのだろう。

視えた。ハッキリ視えた。
恐怖を思い出したのか、答えるCさんは再びカタカタと震え出した。

ホテルの入口の門のところにいたよ。赤黒い影が2つ、こっちに手招きしてたの……

えっ、ヤバくない!?
当然私達には視えてなかったのだが、Cさんにだけはハッキリ視えていたようだ。
さらに詳しく話を聞くと

男か女かわからないけど、大人ぐらいの大きさの影だった。

絶対に人間じゃなかった。すごく赤黒い濃い影だった。

濃い影で顔とかはわからないのに、なぜか笑ってる気がした。
など、かなり具体的に話してくれた。
結局その影が何かなどわかるはずもなく、寮に引き返しほぼほぼ無言のまま解散となった。
恐怖の考察
自室に戻った私は、何となく眠れなかったので先ほどの出来事について考え、私達はCさんに救われたのではないかと考察して身震いした。
心霊番組でオーブ(写真に写るホコリではないモヤ)が写った心霊写真が紹介されるのを観たことがないだろうか?
真偽のほどは定かではないが、一般的にオーブの色の意味合いは以下の様に解説されている。
- 白いオーブ…先祖の霊や守護霊。もしくはたまたま波長があった無害な霊。
- 黒いオーブ…動物の霊などの低級霊。憑かれているわけではないが、あまり良くない存在。茶色のオーブも同義。
- 青いオーブ…高位のスピリチュアルな霊。
- 黄色のオーブ…強い守護霊や好意的な霊。
- 緑のオーブ…霊本体ではなく、霊的な存在からの吉兆を示す。
- 橙色のオーブ…自分に近しい霊からの警告などを暗示している。
※ 一般的なものだけ抜粋。
※ ネット上の情報をまとめただけで真偽は不明。
上記のまとめで触れてない赤色についてだが、赤色のオーブが示すのは『攻撃性や警告であり、非常に危険である』というもの。

絶対に人間じゃなかった。すごく赤黒い濃い影だった。
影の色とオーブの色の解釈が同じかなどわからないが、当てはめて考えるのであれば、黒はよからぬ存在であり、赤は危険な存在。
その2つの色が入り混じった影の手招きの意味とは……?
影の正体や真相は定かではないが、私達がCさんに救われたと考えるのはあながち間違いではないだろう。
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