肝試しの計画

中学生の頃の話なんだけどさ……
学生時代のある日、部室にていつものように怖い話が始まろうとしていた。
一応私と坂本にも分別と呼ばれるものが多少なり存在したので、部室で怖い話をする時は苦手とする人がいないか確認して話していた。ちなみにその時部室にいた2人の後輩は怖い話好きだったので問題なかった。

クラスの中でもそんな目立つ方じゃなかったAくんって男子が、肝試しに行ったって話を始めたんだ。
Aくん曰く「××町の外れにある廃墟ビルで女の幽霊を視た!」とのこと。

俺は怖い話とかうんざりだったから興味なかったけど、クラスの連中は思いのほかAくんの話に食いついた。
クラスメイトの盛り上がり方は言い出しっぺのAくんが気圧されるほどだったという。
話は盛り上がりに盛り上がり、クラスの有志数名が「次の休みに肝試しに行くぞ!」と騒ぎ始めてしまった。
当然のように案内役としてAくんも誘われたらしいが、「怖い思いをするのはうんざりだ!」と断っていたらしい。
無理強いすることもできず、Aくんから詳しい話を聞いて男子数名で行くことが決定した。

坂本先輩も参加したんですか?

行くわけねーだろ。
答えがわかりきった質問に苦笑しながらも一応は答えた坂本だった。
放課後の告白
肝試しの決行は土曜日だと具体的に話は進み、その週は肝試しの話で持ちきりだった。
そしていよいよ明日は肝試しだという金曜日の放課後、帰宅しようとしていた坂本はAくんに呼び止められた。

坂本くん、ちょっと話があるんだけど……

ん? どうした?

ここではちょっと……
妙におどおどしたAくんの態度が気になり、帰り途中にある公園で話をすることになった。

で? どうしたんだよ?

明日の肝試しのことなんだけど……

バカらしいよな。出なかったら出なかったで時間のムダだし、出たら出たで危険なのによ。
坂本も肝試しをやめるよう一応の忠告はしたらしいが、青春真っ盛りの男子の熱意に一蹴されてしまったという。
すると、坂本の言葉が聞こえているのか聞こえていないのか、思いつめた顔をしたAくんがボソボソと口を動かした。

……だよ。

えっ、なに?

肝試しに行っただなんて、嘘だったんだよ……
嘘

Aさんは何でそんな嘘を?
後輩が不思議そうに尋ねるが、私には何となく理由がわかってしまった。

怖い話をする人に対して、周りの反応は2種類だ。
怖いからやめてくれという嫌悪感を抱かれるか、もっと聞かせてほしいという好意的な反応の2種類である。
坂本の後を私が引き継いだ。

怖い話って非日常の出来事だからさ、人間の好奇心を刺激するんだ。つまり、怖い話が好きな人相手なら仮初の人気者になれるんだよ。
坂本と私の解説に納得したのか、後輩が頷きながら言う。

そういえば小学生の時に林間合宿があったんですけど、夜は怖い話ができるやつが人気者でした。

その話が本当か嘘かは別として、興味がある人にとっては怖い話の話し手って貴重な存在なんだよ。

なるほど、なるほど。
深く頷き納得した様子の後輩を見て、坂本は話を戻した。

けどAくんの話は話し出しが悪かった。
最初に「ネットで見た話なんだけど」「知り合いから聞いた話なんだけど」と言っておけば何事もなかったのだが、Aくんは自分の体験談として話してしまった。
自分の体験談とはつまり「本当にあった怖い話」なので、嘘だった場合は本人が糾弾されることになる。

肝試しの話が嘘だとバレたら、Aくんは卒業するまで嘘つき扱いされてしまう。そのことを恐れていたんだ。

たとえ霊がいたとしても、視える人がいなかったんじゃ意味ないしな。
肝試しに行って本当に霊がいようがいまいが、Aくんが嘘つき呼ばわりされる可能性はかなり高かったろう。
嘘つきまではいかなくとも、多感な時期の男子から「霊なんていなかったじゃねーかよ!」ぐらいの非難は十分にあり得るだろう。

肝試しが空振りに終わった月曜日に、正直に話して謝れってアドバイスするしかなかったよ。
クラスメイトに告白するのは恥ずかしいだろうけど、自業自得。人の目を引きたかった、人気者になりたかったということを、先手必勝で謝って告白するのがベストかつ唯一の解決策だった。
変に強がったり反論したりすると泥沼になってしまうことを坂本は自身の経験談から熟知していた。
踏ん切りがつかず最初は渋っていたAくんも、結局はアドバイスを受け入れ不安と恐怖の中で土日を過ごすこととなった。
週明けの恐怖
週明け、Aくんにとって恐怖の月曜日である。
どんなに責め立てられるのだろうと、Aくんはハラハラしながら教室のドアを開けた。
肝試しに参加したメンバーが、登校してきたAくんに気づき声を上げる。

A、お前……

ヤバい、怒られる!
覚悟を決めてきたつもりだったが、思わず身構えるAくん。
しかしAくんの恐怖とは裏腹に、クラスメイトからは意外な言葉が続いた。

お前、すげーな! よくあんなとこ1人で行けたよな!!
その男子の言葉を皮切りに肝試しメンバーがAくんを取り囲む。

俺達、人数いても怖かったのに!
なぜか絶賛の嵐だったという。
訳も分からず狼狽えていると、メンバーの1人が肝試し中に起こったことを話し始めた。

お前が言ってた1番奥の部屋にさ、なんか変な影が視えたんだよ!
シルエットがどう見ても女性のものだったらしく、全員急いで逃げ出したという。

あれ、絶対Aが視た女の霊だよな!

マジで怖かった! あんなとこに1人で行ったなんて、ホントお前すげーよ!!
恐怖体験をしたと嬉々として話す彼らに、思わず叫んでしまうAくん。

そんなはずない!
突然の叫び声に教室は静まり返った。
静寂に包まれた中、Aくんは顔を青くしながら真実を告げた。

みんな、ごめん! 俺、普段は目立たないから、肝試しに行ったって話でみんなの気を引きたくて嘘をついたんだ……
肝試しに行ったっていうのも、そこで女の人の霊を視たっていうのも、全部作り話だということを熱弁し、さらに続けた。

だから、みんなが女の霊を視たって、そんなはずないんだ!
奥の部屋っていうのも女の霊っていうのも、全部作り話だったんだよ!!
話の不整合性に気づいた女子が悲鳴のような声を上げた。

じゃ、じゃあ俺達……

ホントはいるはずのない霊を視たってこと……?
週明けの恐怖

本当に霊が出たって衝撃的な事実のおかげで、Aくんは嘘つきにはならなかったけど、代わりに予知能力があるんじゃないかという変な噂が少しの間流行ったんだよ。
それ以降Aくんは変な発言をしなかったので噂はすぐに消えたという。

あんな怖い話は初めてだったな。
クックックッと低い声で笑って話を締めくくる坂本だったが、もちろん笑える話ではない。
後に似たような話を芸人さんがテレビ番組で話していた。
日本には『噓から出た実』という諺があるが、意外と身の回りに溢れているかもしれない。
Aくんが実際に予知能力的なものを持っていたのか、たまたま肝試しの日に女性の霊がいたのか、それともAくんの嘘の話を聞いていた女性の霊が廃墟ビルに行ってくれたのか、真実は闇の中である。
だが、言霊信仰というものがあるように言葉には強い力が宿るとされている。
どうか読者の皆様も普段話す言葉には気を付けてほしい。
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