間違い電話
ある日のこと、友人(以下Wくん)が「どうしても聞いてほしい話がある」とメッセージを送ってきたため、電話で詳しく聞くことになった。
確証はない話なんだけど……
どんな話でも大丈夫だよ。
快諾する私の声に、心底ホッとした声でWくんは話し出した。
助かるよ。
1人で抱えておくにはモヤモヤする話だし、かといって誰にでも話せる内容じゃないからさ……
何かあったの?
ちょっと前に仕事を辞めてさ、携帯の機種変するついでに番号も変えたんだよ。
そういえば少し前にWくんから「番号変えたから登録よろしく!」というメッセージを貰っていた気がする。
なんでも、退職後しばらくして番号を変えざるを得なかったのだという。
仕事用の携帯なんて支給されなかったからさ、辞めてからもプライベート携帯にバンバン電話がかかってきてさ……
事情を聞いて納得しかけたが、1つ思い出したことがあった。
あっ、でもさ、番号2回変えてなかった?
奇妙だったのは、「番号変えたから登録よろしく!」というメッセージを受けてから1ヶ月するかしないかのうちに、「諸事情によりまた番号変わりました。お手数ですが再登録お願いします」というメッセージが送られてきたこと。
その時も気になったが、根掘り葉掘り聞くのも失礼かと思って追及しなかったのだ。
その2回目の番号変更に関係する話なんだよ……
どうやらここからが話の本題のようだった。
変更理由
1回目の番号変更のおかげで仕事関係の電話はなくなったんだけどさ、代わりに間違い電話がかかってくるようになったんだよ。
めんどくさいな。
090/080/070 から始まる番号は、理論的に言えば3億個以上になる。
しかし現在はサブ機やタブレットなどを含め2~3台持ちも珍しくなく、仕事用の法人携帯などもあるため、電話番号が枯渇気味なんだとか。
そこで起こるのが、電話番号の使い回しだ。
通常であれば1年ほど間を空けて使い回すらしいが、番号が枯渇していると3ヶ月から半年程度で次の人に割り振られることもあるらしい。
おそらくWくんは使い回しの番号を引いてしまったのだろう。
1日1回は間違い電話がかかってきてたんだよ。
1日1回は結構な頻度だと思われる。
前の人が借金してたとか?
俺もそう思ったんだけど、そんな感じじゃなかったんだよね。
少なくとも10以上の違う電話番号からかかってきていたという。
よほどヤバい闇金で借りて取り立てが厳しいか、複数社から借金していない限りはまずありえない数だ。
複数の携帯電話を使用する特殊詐欺グループなども可能性として考えられるが、電話口で話した感じでは物騒な感じはなかったらしい。
ってか電話に出たのかよ!?
登録し忘れた人かもって思って、最初の内は出ちゃってたんだよ……
電話の相手は性別年齢問わず様々だったという。
電話の内容
不思議だったのがさ、全員が全員「ササキさん(仮名)の携帯ですか?」って聞いてくるんだよ。
携帯電話同士であれば互いに番号を登録していることが多いので、相手の名前を確認する機会は少ないだろう。
Wくんは毎回名前を確認される点を不思議に思ったという。
中には固定電話時代の名残りで確認してしまう人もいるだろうが、全員が全員確認するとは考えにくい。
「違います」って答えたら、ほとんどの人はすんなり切ってくれたんだけどさ……
中には「久しぶりにつながったと思ったのに」「ササキはどこに行った?」と絡んでくる人もいたらしいが、ほんの数人だったので気に留めるほどでもなかった。
また、一度人違いだと伝えると同じ番号からは二度とかかってこなかったという。
めんどくさかったからさ、もう1回番号を変えたんだよ。
ここまで聞いて私には1つの疑問が生じた。
話の内容はわかったし不思議な部分もあったけどさ、わざわざ俺に聞かせたい話だったの?
簡単にまとめると、使い回しの電話番号を引いてしまい、間違い電話に迷惑しただけの話だ。
Wくんがやったように番号を変えれば解決する問題で、わざわざ私に聞かせたいと思うような話ではない。
しかし私の疑問は想定済みだったのか、Wくんは苦笑しながら続けた。
もちろんこれだけじゃなくて、ちょっと怖い後日談があるんだ。
後日談
2回目の番号変更からしばらくして、地方紙の新聞である記事を目にしたんだ。
2度の番号変更により間違い電話はなくなり、平穏に過ごしていた日のことだった。
山中で男性の他殺体が発見されたって記事だった。
詳しいことはまだわかっていなかったのか、他殺体発見という内容の割には小さな記事だったという。
その記事がどうかしたの?
殺害された人の名前が「ササキさん」だったんだ。
驚いて声を漏らしそうになったが、冷静に考えると大したことはない。
ササキさんはメジャーな苗字で全国各地に多数存在する。※ ササキさんは仮名だが実際の苗字も日本では多い苗字だった。
偶然だろ?
俺も偶然だと思ってたんだけどさ、捜査が進むにつれて徐々に山中で見つかったササキさんの詳細がわかってきたんだ。
ササキさんの詳細?
何となく気になって個人的に調べたんだけどさ……
山中で見つかったササキさんは、麻薬の売人だったという。
この事実を聞いた瞬間、頭の中で急速に奇怪なパズルが組み上がっていった。
まさか、こう言いたいのか?
――1回目の番号変更で得たのは麻薬の売人をやっていたササキさんの番号で、かけてくる相手は購入希望者。
しかしササキさんは何らかの事情で失踪、そして殺害されてしまい、証拠隠滅のために携帯電話は解約された。
その番号をたまたま引いてしまったから、クスリの購入希望者から代わる代わる電話がかかってきた、とでも?
自分で言葉にしたくせに薄ら寒くなってしまう。
あくまで想像だよ。
最初に言ったじゃん、確証がない話だって。
……ただの偶然だよ。
小さく絞り出した言葉は、Wくんに向けたのか自分に言い聞かせるためのものだったか、今は覚えていない。
事故番号
Wくんが引いたような次の人に迷惑がかかるような番号は『事故番号』と呼ばれている。
事故番号とは、新しく取得した電話番号が以前使われており、しかもその番号はストーカー被害やサラ金、犯罪に利用されていた番号だった場合、その番号を次に使う利用者も被害を受けてしまう電話番号のこと。
事故番号を引いてしまうWくんの運が悪いのか、はたまた普段は見逃してしまうような小さな記事に目がいった注意深さが悪いのか、何とも判じ難い。
Wくんが言ったように、因果関係はわからない。
わざわざ調べる必要もない。
だが世の中にはこんな嬉しくもない偶然もあるんだと、少し背筋が冷たくなる怖い話だった。
コメント