序章

今までで1番怖かった話は?
これまで何度も尋ねられた質問だ。
全容をしっかり記憶しているかは別にして、オカルト掲示板やテレビの心霊番組、怖い話の書籍や人から聞いた話など、私が知る怖い話は数百はある。
怖い話を聞いたり読んだりしても「これ聞いたことあるな」「これ読んだことあるな」ということが多く、心霊動画も「これ観たことあるな」というものがほとんどだ。
だからこそ、私が選ぶのは世に出回っている怖い話ではなく自身が体験した話。
聞いた話や読んだ話、テレビで観た映像でも怖かったものはいくつもあるが、やはりこの身をもって体験した出来事に勝る恐怖はない。
恐怖の始まり
大学へはバイク通学をしていた私だったが、大学入学からバイクが納車されるまでの少しの間、バス通学をしていたことがある。
全3部から成るこの『不思議な女シリーズ』の恐怖は、すべてはこのバス通学から始まる。
バス通学1日目、自宅近くの停留所でバスに乗った。
昼前のゆっくりした時間で車内には人もまばら、贅沢に2人掛けの席に座ることにした。
車窓の外をぼんやり見ていると次の停留所が見えてきた。
数人待っているが座席が全部埋まるような人数ではない。

キレイな人がいるな
俗っぽいことを考えているうちにバスは停車し、ガヤガヤと乗客が乗り込んでくる。
乗降客の喧騒には目もくれず引き続きぼんやり外を眺めていると、隣に人が座ってきたので思わずそちらに顔を向けてしまった。
まだ席に余裕があるのにわざわざ隣に座ってきたからだ。
2人掛けの座席に1人で座っているから、隣に誰かが座ることはあるだろう。
しかし車内にはまだ空席も多く、1人掛け用の席だって空いているのに、わざわざ私の隣に座るだろうか?
隣に座ったのは「綺麗な人がいるな」と思いながら見た女性で、なおさら男性の隣は避けるんじゃないかと疑問に思った。
知り合いかと思ってもう一度ちらりと見てみたが、確実に知らない人だ。
人の顔や名前を覚えるのは得意なので、十何年も会っていないような人でない限りそうそう忘れることはない。

まあいっか……
奇妙さは拭えなかったが、席を詰めてはいけないという決まりがあるわけでもない。知り合いでもないし、話しかけてくるわけでもないので放っておくことにした。
何事もなく大学前の停留所に到着し、「前をすみません」と言って女性の前を通り下車する。
後に続いて降りてくるようなこともなく、女性はただただ行儀よく座っているだけだった。
連続する奇行と終わり

またいるよ……
次の日もその次の日もそのまた次の日も女性はバスを待っていて、毎日必ず私の隣に座ってきた。
当時は私も若かったので、初めのうちは「もしかしたら俺に気があるのかな?」なんて素敵な勘違いをしていたのだが、話しかけてくるわけでもないしこちらを見ようともしない。ただただ行儀よく座り、真っすぐ前を見ているだけなのだ。

怖い……
どんな美人が相手でも、こんな奇行が続けば恐怖でしかない。
2人掛け用の座席に座れば隣に座ってくるし、1人掛け用の席に座っているとすぐ隣に立つ。席に座らず吊革を持って立っていても、これまた隣に立つのだった。
こちらから「なんでいつも隣にくるんですか?」と聞くのも違うと思い、かといって無関心でいるのも限界だった。
さらに私を恐怖させたのは、帰りのバスでは絶対に一緒にならないということ。
私の帰宅時間もバラバラだったし女性にも事情はあるだろうが、同じ路線のバスなら1度ぐらいは乗り合わせてもおかしくないはずなのに。
しかし、恐怖の日々もついに終わりを迎えることとなる。

原付がきてる!
帰宅すると、自宅の駐車場に原付が停まっていた。
本来ならば「やっと原付がきた!」という喜びのはずなのに、この時の私は「恐怖のバス通学が終わる!」と安堵したのだった。
後日談
バイク通学を始めてすぐ、奇妙なことに気づいてしまう。

今日もいないな……
あれだけ毎日私の隣に座ってきたのに、原付で停留所前を通ってもあの女性の姿がないのだ。
様々な時間帯で停留所の前を通って注意深く観察したが、ついに1度も見かけることはなかった。
そもそもが不思議な話だった。
大学生の時間割りは曜日によって違うのに、彼女は必ず私が乗るバスを待っていた。
怠惰な学生だった私は自主休講してゆっくり家を出ることも多かったが、それでも彼女は私が乗るバスを待っていた。
それなのに、バイク通学を始めてからはパッタリとその姿を見せなくなった。
あまりの奇妙さに様々な考察をし、可能性は低いだろうが考えついたことがある。
それは、始発の便からずっと私が乗ってくる便を待っているという可能性。
もしこれが正解ならば、私の乗車の有無を確認して乗るかどうか決めればいい。
しかしある日、その可能性も完全になくなった。
夜通し遊んで朝帰りになった日、始発バスが通る時間に停留所の前を通ったのだが、そこにも彼女の姿はなかった。
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