違和感だらけの譲渡
坂本の家に遊びに行った日のこと。
ハンガーラックに、見慣れない服が1着掛かっていた。
坂本が好むようなデザインではなかったのが気になり、「この服、どうしたの?」と尋ねた。
「何日か前に古着屋に行ったんだけどさ。何となく気になって、買わされたんだよ」
坂本はそう言った。
今思えば「買わされた」という言い回しはひどく不自然なのだが、当時の私はその奇妙さに気づけず、会話を続けてしまった。
「着てるの?」と尋ねたところ、「いや、着てない」と坂本は答える。
その服は私好みのデザインだったため、ついこんな提案をしてしまった。
「じゃあさ、これちょうだい? お金は払うから」
すると坂本はすんなり了承した。
「どうせ着ないし、お金はいいから持ってっていいよ」
普段はケチくさい坂本が、タダで服を譲ってくれる。
その明白な違和感に気づけなかった当時の自分を、心底呪いたい。
ひどく鈍感だった私は、自ら進んで恐怖のどん底へと足を踏み入れてしまったのだ。
深夜の金縛りと、クローゼットの異変
服を譲り受けて帰宅したその日の夜、息苦しさを感じて目を覚ました。
(また金縛りか……)
当時の私は頻繁に金縛りに遭っていたため、多少の恐怖はありつつも、比較的冷静に状況を受け止めていた。
激しい頭痛や耳鳴りを伴うような悪意のある金縛りではなかったこともあり、完全に油断していたのだ。
唯一動かすことが可能な視線だけを必死に巡らせていると、見慣れたはずの自室に違和感を覚えた。
(何か変だな……)
視界の隅に何かが引っかかるが、正体がわからない。
金縛りが続く中、何度も室内に視線を巡らせ、ついに違和感の正体を見つけてしまった。
いつもならしっかりと閉めているはずのクローゼットの扉が、なぜか左半分だけ開いていたのだ。
不精して開けっ放しにした記憶はない。
中には整然と服が掛けられているのが見えたが、そこから何とも言いがたい、ねっとりとした嫌な雰囲気が漂っていた。
そして、ついにある服に視線が釘付けになる。
(うわっ!!)
声こそ出なかったが、心臓が跳ね上がるほど驚愕した。
クローゼットに掛かった1着の服。
その袖口から、血の気をまったく感じさせない「青白い手」がダラリと垂れ下がっていたのだ。
しかもその腕は、まるで痙攣しているかのように時折ピクピクと動いている。
(あれ、坂本からもらった服じゃん……)
恐怖の正体に気づいた私だったが、不思議なことに強い恐怖心は湧いてこなかった。
その腕から、害意のようなものが感じられなかったからだ。
金縛りを解こうと躍起になっているうちに、いつの間にか眠りに落ちていたらしい。
気がついたときには朝になっており、当然ながらあの青白い腕は消え失せていた。
ワンコインの服が持つ恐るべき背景
「説明してもらおうか?」
朝一番で坂本の家に乗り込んだ私は、例の服をバサリとテーブルに投げ出し、彼を問い詰めた。
しかし、坂本には悪びれる様子が微塵もない。
それどころか、淡々と恐ろしい事実を語り始めたのだ。
「古着屋で買ったってのは本当だよ。500円ぐらいだったかな」
「500円!?」
私が驚愕するのも無理はない。
その服は、ファッションに興味がない人間でも1度は耳にしたことがあるような、有名ブランドの品だったからだ。
「古着屋って滅多に行かないからさ、ブランド物でも中古ならそれぐらいの値段なんだって思ってたんだ」
坂本は価格設定に何の疑問も抱かなかったらしい。
「何でその日に限って古着屋に行ったんだよ?」
そう問いただすと、彼は自分のことであるにもかかわらず、小首を傾げながらこう答えた。
「呼ばれた気がしたんだよ」
「店員に?」
「いや、この服に」
ギョッとして言葉を失う私をよそに、彼は平然と話を続ける。
「何かに呼ばれた気がして、ふらふらと店に入ったんだ。他の服には目もくれず、引き寄せられるように一直線にその服の場所へ辿り着いたんだよ」
嫌な予感しかしないため、機先を制して単刀直入に尋ねた。
「……単刀直入に聞くぞ。この服に、お前は何を見た?」
「たぶんだけど、自殺だろうな。元の持ち主は死んでる」
「マジかよ、おい!!」
坂本はさらに「確証はないけど」と前置きした上で、こう推測した。
元の持ち主がこの服をかなり気に入っており、亡くなった際に着ていたか、あるいはすぐ近くに置いてあったのではないか、と。
「俺、サイズ確認のために1度袖を通しちゃったんだけど……」
「それぐらいなら大丈夫だろ」
坂本いわく、服には元の持ち主の「思念」のようなものが薄く残っているだけで、他人に悪さをするような性質のものではないらしい。
なるほど、昨夜の金縛りでいつものような刺すような恐怖を感じなかったのはそういう理由だったのか。
……などと、納得できるはずがない。
「返品だ、返品!!」
「そうなると思って金を取らなかったんだよ」
すべてわかっていて押し付けたということだ。
確信犯として悪戯を成功させた子どものように笑う坂本を見て、深々とため息をつくことしかできなかった。
【警告】中古品や古着に潜む「見えないリスク」
この恐怖体験は以上だが、余談として最後に「遺品の扱い」について少しだけ触れておきたい。
近しい人が亡くなった場合、遺品の扱いは人によって様々だ。
形見として手元に残す人もいれば、見ると思い出してツラいからと早々に処分してしまう人もいる。
処分の方法も多岐にわたる。
遺品整理業者に完全委託するケース、自分たちで手配してお焚き上げまでするケース、知人や友人に譲るケースなどだ。
そして現代では、リサイクル業者が遺品整理を兼ねていることも少なくない。
業者の保有資格や認定にもよるが、再利用できる物だけを買い取る業者もいれば、一般産業廃棄物処理業の許可を得て不用品の回収・処分まで一括で行う業者もある。
今回私が手にした「服」は、間違いなく「再利用可能品」である。
それがどのような経緯で古着屋の店頭に並んだかは不明だが、亡くなった人の品物——いわゆる「遺品」が一般市場に流通していることは、実は決して珍しい話ではない。
もちろん、すべての古着や中古品に霊や思念が憑りついているわけではない。
しかし、市場に出回る中古品の中には、こうした「いわくつきの品」が紛れ込んでいる可能性がある。
リサイクルショップや古着屋を利用する際は、ぜひとも気をつけていただきたい。


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