坂本宅に宿泊
コンビニ飯に飽きたから、何か作りに来てくんない?
学生時代のある日、坂本からのメールが届いた。
当時の私は飲食店でアルバイトをしており、元々料理が好きだったこともあってそこそこ料理の腕に自信があったため、友人からこういった連絡が来ることも多かった。
たまたまバイトが休みだった、というかバイトの休みの日を狙って連絡してきたのだろうが、暇していたので夕飯がてら少しお酒を飲もうと考えて承諾の旨を返信した。
何を作ったかまでは覚えていないが、「うまい!」「うまい!」と喜んで食べる坂本の姿を覚えている。
料理人冥利に尽きるなぁなんて考えながら、雑談をしながらお酒を飲み、そのうち2人とも寝てしまった。
不快な電子音
Pi Pi Pi ・・・
夜中、不意に鳴り出した電子音に目を覚ます。
時刻は3時過ぎで、少し離れた場所から聞こえてくるその音は、どうやら携帯電話の着信音のようだった。
こんな時間に電話だなんて、非常識なやつがいるな……
眠りが浅く、物音に敏感な私には非常に不快な音だった。
枕元の自分の携帯電話はマナーモードに設定してあるし、こんな時間に電話をしてくる非常識な知人はほとんどいない。数少ない非常識なやつは隣の布団でスヤスヤ寝ていたので、なおさら私の携帯電話が鳴るはずはなかった。
Pi Pi Pi ・・・
不快な電子音は少し離れた場所で鳴っているので、無精者の坂本が携帯電話をどこか適当に放置しているのだろう。
鳴り続けた音
Pi Pi Pi ・・・
諦めて切れよ!
ちょっと我慢すればそのうち止まるだろうという考えは甘く、完全に目が覚めてイラつくぐらい長い時間、着信音は鳴り続けていた。
大音量目覚ましが鳴ってもそうそう起きないほど眠りが深い坂本は、相変わらずスヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた。
Pi Pi Pi ・・・
あ~、もうっ!!
しびれを切らした私は、鳴り続ける携帯電話を切ろうと起き上がった。
すると、まるで私の反応を見ていたかのように、起き上がると同時に不快な電子音は鳴り止んだのだった。
鳴らない電話
非常識な知り合いがいるんだな、お前。
深夜の電子音のせいで寝不足でご機嫌斜めだった私は、昼前にノソノソと起き上がってきた坂本に嫌味ったらしく言った。
藪から棒になんだよ?
私が用意したブランチをむさぼりながら、彼は血色の良い顔で尋ねてきた。
3時過ぎぐらいにさ、お前の携帯がずっと鳴ってたんだよ。
おかげで全然寝れなかったわ。
マジ? ごめんごめん。
まったく心のこもってない謝罪をしながら「でも誰だろう、そんな時間に……」と呟き、まだ敷きっぱなしだった布団の枕元をゴソゴソと漁り始めた。
目的物はすぐに見つかったようで、枕元から取り出した携帯電話を開いて着信履歴を確認した。
……電話なんてかかってきてないぞ?
確認させるようにこちらに向けられた着信一覧の画面には、確かにあの時間の履歴はなかった。
お前、携帯2台持ってる?
すでに嫌な予感がしていた私は、藁にも縋る思いで尋ねた。
これしか持ってないよ。
なんで?
今でこそ2台持ちの人も珍しくないが、携帯電話の普及率が上がり始めていた時代、2台持ちなんて電話を酷使するサラリーマンぐらいだった。
恐怖を回避できる可能性はほぼゼロになった。
キョトンとしている彼は、先ほど枕元から携帯電話を取り出したが、昨日の夜の電子音はそんな近い距離で鳴ったものではない。
あっちの方で鳴ってたんだけど……
不快な電子音が鳴っていた方を指さす。
坂本は少しだけ何かを考え、すぐに納得したかのように「あぁ……」と呟き、指さした先にあった棚をゴソゴソと漁って何かを取り出して持ってきた。
これならあったけどな。
折り畳み式の古い携帯電話を見せられる。
それは?
私が尋ねると、坂本はカチャカチャと携帯電話をいじり始めて説明した。
かなり前に中古で買ったやつなんだけどさ、不具合が多かったからすぐ使うのを止めたんだよ。
……これでよしっ。ほれ、見てみろ。
カバーが外された携帯電話の裏面を見せられると同時に、私は恐怖で震えあがった。
持ち出してきた古い携帯電話には、SIMカードも電池パックも入っていなかったのだ。
鳴るはずないだろ?
10年以上経った今でも断言できるが、あの夜に聞こえてきたのは間違いなく携帯電話の着信音だった。隣の家や外から聞こえてきた音でもない。
あの夜の帳の中、私は何の音聞いたのだろうか?
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