夜の来客
某大都市に住む学生時代の友人Aさんから聞いた話。

かなり怖い体験をしたの! 1人で抱えたくないから聞いて!
空が白み始めてきた早朝も早朝、そんな電話で起こされることとなった。
Aさんは大学で同じ学部だった子で、在学中に悪質なストーカー被害を受けており、解決してあげたことがあるという珍しい関係性。普段から頻繁に連絡を取り合うことはなかったので、Aちゃんからの久しぶりの連絡に、「まさかまたストーカー被害に!?」とヒヤッとした。

今は彼氏いないんだけどさ……
話の導入ですでに嫌な予感を感じたのだが、案の定 奇妙な話だった。
問題の出来事があった日、Aさんは少しだけ残業をしたのでいつもより遅い時間の帰宅だったという。
コンビニで買った弁当を食べ、お風呂に入り、スマホをいじりながらダラダラと過ごしていると、チャイムの音が鳴った。
ピンポーン

こんな時間に誰だろう?
休日前であれば仲が良い友達が遊びに来ることもあるが、基本的に事前に連絡がある。そんな連絡はきてなかったし、そもそもド平日で翌日も仕事だった。
訝し気に思いながらリビングの壁に据え付けられたモニターを見ると、まったく見知らぬ男性の姿が映し出されていた。
時間的に宅配業者ではないだろうし、たとえそうだったとしてもモニターに映る男は作業服を着ているわけでもない。

部屋を間違えたのかな?
別の部屋の入居者や別の部屋への来客が部屋番号を間違えた、そう考えて通話ボタンを押す。

はい、どちら様ですか?
Aさんの声を聞いた男は、真っすぐにカメラを見ながら答えた。

ただいま。
恐怖の勘違い
ただいまの声と、薄っすら笑っている男性に「やっぱり間違いか」と思わず苦笑してしまうAさん。すぐに返事をしてあげた。

すみません、部屋番号間違ってませんか?
やんわりと優しく指摘するAさんだったが、返事は予想外のものだった。

何言ってるんだよ? 俺だよ、俺、早く入れてくれよ!
男は相変わらずの薄ら笑いでそう言った。
Aさんはこの時点でパニックだったが、かろうじて言い返すことができたという。

私、あなたなんて知りません!
Aさんの言葉を聞いた男は急に真顔になり、あっけらかんと言い放った。

え? 何の冗談? 彼氏の顔、忘れたの?

怖い! 怖い! 怖い!
全身に鳥肌が立つほどの恐怖を感じたAさんは、インターホンに向かって全力で叫ぶ。

やめてください! 彼氏なんていません! 警察呼びますよ!

うっ……
Aさんのあまりの大声にビックリしたのか、それとも『警察』という言葉に反応したのか、男はスゴスゴと帰っていったという。
去り行く男

その後はどうなったの?
私の問いかけに、Aさんは溜め息交じりに答えた。

すぐ警察に連絡したけど、実害がないうちは動いてくれないの、陽木もよく知ってるでしょう?
彼女の言葉は、学生時代にストーカー被害に起因するものだ。Aさんが警察に相談するのに私も同行したが、「パトロール強化しますんで」「できるだけ1人で出歩かないようにしてください」「害がないうちは法的にこちらも動きにくい」という、にべもない言葉しか返ってこなかった。

オートロックだけど他の部屋の人が開けちゃうかもしれないし、他の人が開錠したタイミングで住民を装って入ることもできるからさ、怖くて……
報告がてら管理人にも相談したらしいが、オートロックに関してはシステム的なことなのでどうしようもないという。監視カメラで男の顔も確認してくれたが、「注意しておきますけど、私が帰る夕方以降はどうしようもないので……」と、申し訳なさそう頭を下げるだけだった。

管理人さんに無理は言えないからなぁ。
「部屋に鍵を忘れたから!」とか嘘の事情で他の住民さんに開けてもらったとしても、余程じゃない限りバレないだろうし。

そうなのよ! オートロックの脆弱さを思い知らされたわ。
セキュリティの話が一段落したところで別の質問をする。

心当たりはないんだろ?

まったくないわ。癪だけど男っ気のない生活だし、昔みたいに後をつけられたりとか、手紙とかメールとかで嫌がらせされたりとかもないし。
少しでも心当たりがあれば対策が練れるのだが、それがないとなると動くに動けない。

次来たら、玄関前にいる状態で警察を呼ぶわ。もちろんインターホンのやり取りを録音しながらね。
気丈に振る舞う彼女をたくましく思ったが、やはり心配だった。

やっぱりまた来そうなんだ?
私の言葉に、彼女は声を低くして答えた。

その変な男が立ち去っていく時にね、こんなことを言い残したのよ。

また来るね。
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