振り分け
男子は俺1人か。
学生時代は教育学部で学んでいた私。教育学部では教育実習が必須科目であるため、学部生は約1ヶ月の実習に行かなければならない。
学部生の人数によるが、私が実習に行った時は1クラスに振り分けられる実習生は5~6人だった。同じクラスに振り分けられたのは普段から仲が良い女の子5人で、男子が私1人だったことが唯一の不満だった。
私が通っていた大学の教育学部は例年女子の方が多かったため、そんな極端な振り分けになるのは当然だった。しかし、ただでさえ強い女性が5人。肩身が狭い思いをすることが確定したため、実習前にこっそり溜め息をつくことになる。
夜の下駄箱
朝は児童より早く学校へ行き、登校してくる子達をお迎えすることから始まる。現職の教員の授業を観察したり、教材準備をして自分達も実際に授業を行ったり、子ども達と遊んだり、時には指導したりと、実習生と言えど現職の教員と変わらないハードスケジュールだった。
子ども達が下校して静かになる夕方。ようやく落ち着けると思いきや、ここからが実習生にとって本当のスタートだ。1日の反省、次の日の授業準備や模擬授業に追われるため、日付が変わるか変わらないかの時間まで学校に残る日々。わいわいがやがや、時には衝突したりしながら、協力して実習の日々を乗り越えていた。
実習にも慣れてきたある日のこと、トイレに行きたくなった私は1人席を立った。
同じクラスに振り分けられた女子は、暗い校内を1人でトイレに行くのが怖い、という微笑ましい理由でいつも5人一緒にトイレに行っていたのだが、先述したように男子の実習生は私1人しかいない。1人で行くのが怖いなんてことはなかったが、女子5人が一緒に席を立つ姿をいつも見ていたので、ただ単に寂しさを感じていたのだ。
かといって、他のクラスに行って「誰かトイレに行かないか?」なんて邪魔できるはずもなく、結局1人寂しくトイレに向かうのだ。
用を足し手を洗ってトイレを出る。トイレの向かいは低学年の子専用の玄関で、背の低い木製の下駄箱が並んでいる。非常口誘導灯の黄緑の光が、ぼんやりと辺りを照らしていた。
何となく誘導灯を眺めていたその時、いくつか並ぶ下駄箱の影にチラリとスカートが揺れたのを見た。
時刻は深夜0時、こんな時間に子どもがいるわけがない。
絶対おかしい……
違和感を覚えた私は足早に教室へ戻った。
意外な反応
怖い話しないでよ!
視世くんのバカ!
何のために私達が一緒にトイレに行ってるって思ってるの!?
教室に戻ってしばらくして、罵詈雑言を浴びせられる私。
教室に戻ってきた時の様子がいつもと違ったらしく、優しい優しい女子達が「何かあったの?」と声をかけてくれたので、ありのまま話した結果がこれだ。解せぬ。
私が非難されているところに、タイミングよくクラス担任がやってきた。
そろそろ鍵閉めるけど、何かあったの?
女子5人に取り囲まれてなじられている私を見て心配になったのだろう。
実はですね……
怖い話を聞かされて怒っていたと、1人の女子が掻い摘んで説明してくれた。私は「実習で疲れてきたのかな?」「気のせいじゃない?」と一笑に付されることを期待していたが、話を聞いた担任は真顔で言った。
視世くん、ちょっと教頭先生のところに一緒に行かないかい?
あまりの真剣さに「はい」としか答えられず、連れ立って職員室へと向かった。
謎すぎる結末
たまにね、君みたいに視えちゃう人がいるんだよ。
職員室の来客席、担任からの報告を聞いた教頭先生が言った。
実習生や先生方の中でたまに話が上がることがあるんだ。
これまでにも同じ体験をした人がいるようで、絶対に児童がいないであろう夜の目撃談が大多数だという。
視世くんの中で引っかかってることがあるんじゃないのかな?
教頭先生から尋ねられ、私の胸は激しく脈打った。
はい……
私の返事に満足げに頷き、立ち上がって壁際の書類棚へ歩いていく教頭。1冊のファイルを引っ張り出して戻ってきた。腰を下ろしてパラパラとページをめくり、とあるページの写真を指さしながらこちらへと見せてきた。
これでしょう?
はい……
見せられた写真には元気な子ども達が写っていたが、セピア色の古びた写真は決してここ最近の写真ではない。
今まで視てしまった人からも話を聞かせてもらいましたが、全員口を揃えて言ったんです。
今の制服じゃない……
そうです。この学校の制服も何度か変わってますが、ここ十数年は制服は変わってないんですよね。
この写真に写ってる、以前の制服を着た子がいるはずがない。
そういうことです。年配の方が大切に保管している可能性はあるかもしれませんが、あくまで思い出として取っているだけで、子や孫に着せたりはしないでしょうし。
じゃあ僕が視たのは………
……さあ、もう学校を閉める時間です。帰りましょう。
教育実習はしばらく続いたが、夜トイレに行く際は別のクラス配当の友達と行くようになった。
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