切られた電話
急にバイトが休みになり暇を持て余していた学生時代のある日の話。
テレビを観る気分でもなく、大好きなのに読書の気分でもなく、ただただ呆けていた。しばらくごろごろと怠惰に過していると、テーブルの上に放置していた携帯電話がブブブッと震えた。サブディスプレイには『坂本』の名前が表示されている。
もしもし、どうした?
あっ、出た。この時間いつもバイトだからダメ元でかけたんだけどな。
急に休みになってな。で、どうした?
部室に何人か集まったからいつもの店に飲みに行こうって話になったんだけど、そっちも忙しそうだな。じゃあな!
早口でそう言うと勝手に電話を切る坂本。すぐにかけなおすが、移動中なのか盛り上がっているのか、全然電話に出ない。
バイト休みになったって言ってんだから暇に決まってんだろ。
ブチブチと文句を言いながら、いそいそと出掛ける準備を始めた。
宿泊の原因
馴染みの居酒屋に到着すると、マスターが「らっしゃい!」といつものように迎えてくれた。
来てます?
坂本と一緒に飲みに来ることも多かったのでその一言で伝わり、料理する手は止めずに「上だよ!」と顎で2階をしゃくった。
狭い階段を上がると、すぐ手前の席で坂本とサークル仲間数名が飲んでいた。私に気づいた後輩が「あっ!」と声を上げ、坂本はなぜか驚き顔だった。
おう、みんなお疲れ! で、何でお前はそんなに驚いてんだ?
腰を落ち着けながら尋ねると、坂本はとても奇妙な返事をした。
お前、どっかで飲んでたんじゃねーの?
はぁ?
さっき電話した時、お前の後ろでガヤガヤ人の声がしてたから呼ぶの遠慮したんだよ。
なに? もう解散したの?
彼の言葉で一気に全身に鳥肌が走った。
俺、さっきまで部屋にいたよ。1人で、テレビもつけずに。
震える声で告げると、その場の全員が黙り込んだ。おそらく坂本から「視世はどっか別のとこで飲んでる」とでも聞いていたのだろう。我々の会話から事情を察したに違いない。
なんかごめん……
いや、こっちこそ……
どちらが悪いわけでもないが、何となく気まずくて謝り合った。
急に盛り下がったテーブルを不思議そうな顔で見ながら、スタッフの女の子が注文を取りにやってきた。とりあえずビールを頼み無理矢理テンションを上げたのだが、全員が全員変に気を遣い、微妙な飲み会になってしまった。
帰り際、申し訳なさそうな声で坂本が呟いた。
今は憑いてないみたいだし、今日は俺の家に泊まってくか? 明日お前の部屋に視にいってやるよ。
私は黙って頷いた。
幸いなことに、部屋を視てもらった時には何もいなかったらしい。
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