調べたわけではないが、おそらくどの都道府県にも一つはあるはずだ。
「幽霊が出る電話ボックス」という怪談が。
かくいう私の地元にも、山沿いの道にポツンと佇む、そんな噂の電話ボックスがあった。(※現在は撤去済み)
しかし、私は常々疑問に思っていた。
「なんで電話ボックスに幽霊がいるんだ?」
もしそこで亡くなった人の霊ならわかる。
だが、電話ボックス内で死ぬことなんて稀だろう。
交通事故? 事件? それにしたって、なぜ「電話ボックスの中」に留まる必要があるのだろうか。
友人の冷めた考察「成仏できない理由」
私のこの素朴な疑問に、友人の坂本は冷ややかな答えを返した。
「知らねえよ。生きてた頃の記憶を頼りに、誰かに連絡したいんじゃないの?」
「じゃあ、その『誰か』と連絡がつくまで成仏しないってこと?」
「そうかもしれないし、時間の経過で諦めたり、忘れたりするんじゃね?」
「忘れる?」
「自分が誰に連絡したかったか、何を伝えたかったか。それすら忘れてしまうぐらい長い時間、そこに立ち尽くしているんだとしたら……」
最後まで言わずに坂本は黙った。
その言葉の裏にある「永遠の徒労」を想像し、私は少し寒気を感じた。
嘘つき先輩と「白い服の女」のテンプレ
私の地元にあったその電話ボックスは、周囲に民家も少なく、夜になれば漆黒の闇に包まれる場所にあった。
過去の地方紙を調べても、そこで死亡事故や事件があった記録はない。
それなのに、「あそこには出る」という噂だけが一人歩きしていた。
ある日、サークルの先輩(自称・霊感持ち)が嬉々として語りだした。
「昨日の夜、あの電話ボックスで見たんだよ! 幽霊!」
私と坂本は顔を見合わせた。
この先輩は、注目を浴びたいがために「霊を見た」と嘘をつく常習犯だからだ。
坂本が私にだけ聞こえる小声で囁く。
「電話ボックスに出る幽霊って、だいたい『女』って設定だよな」
「どうせ白い服で、長い髪の女だろ?」
案の定、「白い服を着ててさ、顔は長い髪で隠れてて見えなかったんだけど……」と先輩は続けた。
私達が笑いをこらえるのに必死だったのは言うまでもない。
貞子や伽椰子の影響か、日本の幽霊といえば「白いワンピースの長髪女性」がテンプレ化している。
先輩の話は、そのテンプレをなぞっただけの退屈な作り話だった。
考察:幽霊を作っているのは「誰」か
しかし、本当に怖かったのは先輩の話ではなく、その後に坂本が語った、ある「考察」だった。
「たぶん、人間のイメージが電話ボックスの幽霊を作り上げたんだと思う」
「どういうこと?」
「不幸の手紙と一緒だよ。ただ寂しい場所に電話ボックスがある。それだけで人間は勝手に『怖い』と感じる。『幽霊がいるんじゃないか』『何か理由があって残されてるんじゃないか』と邪推する」
その結果、大勢の人間の「恐怖心」や「想像」が集合し、そこに「居もしない幽霊」を生み出してしまう。 オカルト用語で「タルパ(人工精霊)」というものがあるが、それに近い現象なのかもしれない。
「だから、電話ボックスに出る幽霊は『テンプレ通りの姿』なんだよ。みんなが『幽霊=白い服の女』だと思い込んでいるから、作り出された幽霊もその姿をしている」
消えた電話ボックスと幽霊の行方
さらに坂本は、もう1つの矛盾を突いた。
「今って公衆電話、めちゃくちゃ減ってるだろ?」
確かに、2000年には約74万台あった公衆電話は、2020年には約15万台にまで減少している。
当然、その中には「幽霊が出る」と噂された電話ボックスも含まれているはずだ。
「じゃあさ、撤去された電話ボックスの幽霊はどこへ行ったんだ?」
もし本当に地縛霊がいるなら、電話ボックスがあった場所に雨ざらしで立ち尽くすか、あるいは撤去された筐体を追って回収業者に憑いていくはずだ。
「撤去した業者が呪われた」
「スクラップ置き場に幽霊が出る」
という話がもっとあってもいい。
しかし、そんな話はほとんど聞かない。
電話ボックスが撤去されると同時に、幽霊の噂もまた、煙のように消えてしまう。
「そういう後日談がないってのも、電話ボックスの幽霊が『人間によって作り出された存在』だって証拠じゃないか? あくまで『電話ボックスの中にいる』とイメージしたから存在できた。だからこそ、箱(電話ボックス)がなくなれば、俺たちがイメージする拠り所もなくなり、幽霊も消滅するんだよ」
おわりに
坂本の考察には、ぐうの音も出なかった。
もし、あなたの街の電話ボックスに幽霊が出るとしたら。
それは死者の霊魂などではないかもしれない。 「ここには幽霊がいるはずだ」と願った、私たち生きた人間の身勝手な想像力が生み出した、哀しい幻影なのかもしれない。


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