ショッピングモールでの偶然の再会
「あれっ? もしかしてKくんじゃない?」
数年前、とあるショッピングモールで、私は懐かしい顔を見つけた。
声をかけられた相手は、一瞬驚いた後、非常に気まずそうな顔をして俯いた。
「あっ、視世さん……その節はご迷惑をおかけして……」
「いいって! 俺もあのホテル辞めてるし、今さら怒ったりしないよ」
私の言葉に、彼は安堵のため息をついた。
彼が気まずそうにしていたのには理由がある。
彼はかつて、私と同じ職場で働き、ある日突然「夜逃げ」をした人物だったからだ。
ブラックなリゾートホテルと消えた同僚
私とKくんは、某リゾートホテルの住み込み派遣スタッフとして働いていた。
同郷ということもありすぐに意気投合したが、ある朝、彼は忽然と姿を消した。
真面目だった彼が無断欠勤などありえないと、支配人と共に急いで寮の部屋へ向かったが、そこはもぬけの殻。電話も繋がらなかった。
「思っていたよりキツかった」
「田舎すぎて耐えられなかった」
そんな理由で飛ぶ(バックれる)派遣社員は珍しくなかったため、Kくんもその1人だと、当時は誰もが思っていた。
しかし、数年ぶりに再会した彼が語った「逃げた理由」は、過重労働でも人間関係でもなかった。
寮の裏山にある「黒い噂」
「ホントに今さらですけど……どうしてもあの日に逃げ出さないとヤバかったんです」
「仕事がキツかったとか、嫌な人がいたとか?」
「違います。視世さんも、あのホテルの噂は聞いてましたよね?」
噂……もちろん覚えている。
そのホテルは建設時、地元の小さな工務店に無理な値引きを強要し、赤字に追い込まれた工務店の社長が、ホテルの裏山で首を吊って亡くなったという、いわくつきの場所だった。
当時の会長が「ウチの仕事を断ったら他でも仕事できなくなるぞ」と脅したという話も、まことしやかに囁かれていた。
「実は俺、聴いてたんですよ……」
深夜に響く怨嗟の声と「ドサッ」という音
Kくんが住んでいた寮は、敷地の最奥、裏山のすぐそばにあった。
入寮してすぐ、彼は夜中に奇妙な気配を感じ始めたという。
「最初は気配だけだったんですけど、だんだんハッキリしてきて……風もないのに木が揺れたり、ブツブツと呟く声が聴こえるようになったんです」
壁の薄い寮だが、隣人の声ではない。明らかに「裏山」から聴こえてくる。
そして、彼が逃げ出した「あの夜」、その声はかつてないほど鮮明に彼の耳に届いた。
「俺の名前を呼びながら、『呪ってやる』って延々と呟いてたんです……」
「Kくんの名前を⁉」
「はい。何度も何度も……。しかもその後、『ドサッ』っていう、何か重い物が落ちる音が聴こえて……」
首を吊った遺体は、時間が経つと重みでロープが切れ、あるいは首が千切れ、地面に落ちるという。
その夜、裏山の闇の中で何かが「落ちた」のだ。
「音がしてからも声は続いてて、少しずつ寮の方へ近づいてくる気配がしました。あまりの恐怖に、俺は荷物をまとめてタクシーを呼んで逃げ出したんです」
知らぬが仏、知るは恐怖
「誰にも信じてもらえないと思って、何も言わずに逃げちゃいました。すみません」
「いや、気持ちはわかるよ。そんな状況じゃ誰だって逃げるさ」
私の言葉に、彼は憑き物が落ちたような、清々しい笑顔を見せて帰っていった。
数年来の罪悪感から解放されたのだろう。
その後ろ姿を見送りながら、私は安堵していた。
「本当のこと」を彼に言わなくてよかった、と。
Kくんは知らなかったのだろう。
あのホテルを建設させ、工務店の社長を死に追いやった「当時の会長」の名前と、Kくんの本名。
それが「同じ名前」だったということを。
あの夜、裏山の闇から響いていた怨嗟の声。
それはKくんを呼んでいたのではない。
自分を死に追いやった男と同じ名前を持つ彼を、憎き仇敵だと思い込んで呼んでいたのだとしたら……。
Kくんは、人違いで呪い殺される寸前だったのかもしれない。
この事実は墓場まで持っていくつもりだ。


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