【怖い話17】予約なしの客

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人にまつわる怖い話

女性1名

 私がホテルのフロントマンをやっていた時の話。

 ベルボーイが「暗くなり始めた山道を歩いて登ってきてたから、心配になって声をかけた」と言い、1人の女性をフロントに案内してきた。

女性客
女性客

すみません。予約してないですけど、今日お部屋空いてませんか?

 女性は抑揚のない声で言った。

視世陽木
視世陽木

お疲れ様でございました。お部屋に空きはございますが……失礼、お1人様ですか?

女性客
女性客

はい、1人ですがなにか?

視世陽木
視世陽木

大変申し訳ないのですが、当ホテルはお2人様からのご宿泊しかお受けしておりませんで……

 コストバランス的な問題もあるが、古いホテルだったので不幸な事故防止という意味合いが強かった。

 一昔前、ホテルや旅館では特に女性の1人客は敬遠されることが多かった。理由としては、「女性の1人旅は傷心旅行だろう」という偏見があったためである。傷心旅行のすえに室内で自殺をされたり、行方不明になられたりしてはたまらない!という宿泊施設側の防衛策だった。

 だが、実際にそういう悲しい事件が起こったホテルや旅館もあった。それ故に宿泊施設側が敏感になるのもしょうがない話で、私が勤務していたホテルも1人客をお断りしていたのだ。

 しかし私の言葉を受けても女性は引き下がらなかった。

女性客
女性客

2人分の宿泊料金を払いますので、泊めていただけないでしょうか?

視世陽木
視世陽木

いえ、そういうことではなくてですね……

  女性の申し出に困惑していると、フロントの主任が戻ってきて対応してくれた。

主任
主任

ご宿泊をお受けしたいのは山々なのですが、ホテルで責任が負えない宿泊に関してはお断りさせていただいているのですよ。お1人ですと、室内で何か事故があった場合に発見が遅れてしまう、ということもありますので。

 例えば転倒して頭をぶつけるといった事故が夜に起こった場合。お連れ様がいればすぐ発見され処置することができるが、お1人様の場合だとそうもいかない。最悪の場合、チェックアウトの時間を過ぎて不審に思ったフロントスタッフが客室へ伺うまで発見されない、ということもあり得る。

女性客
女性客

そうですか……、わかりました。少し疲れてるので、ロビーでちょっと休ませてもらうのは構いませんか?

主任
主任

もちろんです、ごゆっくりされてください。

 主任がそういうと、女性は軽く頭を下げてロビーの休憩スペースへ向かっていった。

視世陽木
視世陽木

ちょっと変わったお客さんでしたね?

主任
主任

そうねぇ。ちょっと顔色が悪いみたいだけど、だからといって受け入れて例外を作るわけにはいかないし。

 そんな会話をしながら、ナイトフロントへの引継ぎと翌朝のための作業を進めた。

突然の申し出

 しばらく作業を進めていると、先程の女性がフロントに戻ってきた。また宿泊のことを言い出したら面倒だと、今度は最初から主任が対応してくれた。

主任
主任

お客様、疲れは取れましたでしょうか?

 主任はまだ少し顔色が悪い女性に声をかけたが、女性は主任の質問には答えずにこう言った。

女性客
女性客

知り合いが今から来れるって言ってるのですが、2人なら泊めていただけるんでしょうか?

主任
主任

はっ、はい、お2人様なら大丈夫です。しかしもう夕食の時間も終了してしまいますので、ご了承いただければですが……

 ホテルは1泊2食朝夕バイキング付きのプランしかなく、食事が不要だからと料金を割引する、ということはできなかった。本来は、道に迷ったりして夕食に間に合わなかったお客様におこなっていた説明だ。

女性客
女性客

食事は不要です。2人分の正規料金をお支払いしますので、泊めていただけないでしょうか?

 相変わらず抑揚のない声で女性は答えた。

主任
主任

わかりました。ではお部屋を準備しますので、こちらのチェックインカードに必要事項をご記入いただけますでしょうか。

 チェックインカードをスッと差し出すと、女性は据え付けのボールペンを手に取り、名前から記入し始める。

 しかし、記入していた手がすぐにピタッと止まった。

女性客
女性客

あの、これって全部記入しないといけませんか?

 全部といっても名前と住所と連絡先、領収書が必要な方向けへの希望領収書名を書く欄しかないチェックインカードだ。個人情報保護の問題あるが、万が一の時のための手続きみたいなものだ。忘れ物があった場合に連絡先や送付先として使用することはあったが、余程のことがない限りホテルから積極的に使用することはない。

主任
主任

はい。宿泊される方にはみなさま全て記入していただいております。

 主任が答えると、女性はペンを置いた。

女性客
女性客

じゃあ連れが来てから書いてもらってもいいですか?

主任
主任

え? あ、もちろんそれでも大丈夫ですけど、ご記入いただかないとお部屋にご案内することができないのですが……

女性客
女性客

大丈夫です。またロビーで待たせてください。

 女性はそう言うと、こちらの返事も待たずに再度ロビーへと戻った。カウンターには名前だけが書かれたチェックインカードが残された。

様子見

 しばらく時間が経ってもお連れ様が来る気配はなかった。

主任
主任

ねぇ視世くん、本当にお連れ様って来ると思う?

 主任が不安そうに話しかけてきた。

視世陽木
視世陽木

いえ、来ないと思いますよ。

主任
主任

やっぱり?

視世陽木
視世陽木

最初に来た時からずっと観察してたんですけど、電話で連絡取ったりしてなかったんですよね。お連れ様が来るってのは嘘で、何とか部屋に通してもらおうとしたんじゃないかと。

 実はその奇妙な女性、外部との連絡を一切取っていなかったのだ。電話する様子がないのはもちろん、携帯電話を手にする姿すら見ていない。メールやSNSツールなども触っていないはず。

 それなのに口にされた、「知り合いが今から来れるってことなので……」という先ほどの言葉。

 誰が来るのか、どうして来るのがわかったのか。小声でそんなことを話し合いながら仕事をしていると、私と主任の終業時間が目前に近づいていた。私達が退勤してしまうとナイトフロントに切り替わってしまうため、システム上完全に新規のお客様を受け入れることができなくなってしまう。

主任
主任

支配人に連絡してみるわね。

 悩んだ末に主任は事務所への内線をかけた。

交通手段は?

支配人
支配人

あちらが例のお客様?

 事務所で仕事をしていた支配人がやってきて、ロビーの方を目で見やり確認する。

主任
主任

そうです。

 主任が詳しく事情を説明し、「わかった。俺が対応するよ」と言って支配人は女性の元へと向かった。様子が気になったものの、その間に私達は出勤してきたナイトフロントへ引き継ぎを済ませた。

 引き継ぎが終わってすぐに支配人と女性の話も終わったようで、女性は小さな手荷物を抱えてホテルから出ていった。

支配人
支配人

お連れ様が来ないならホテルに泊めることはできないことを説明して、お帰りいただいたよ。

主任
主任

やっぱりお連れ様はいなかったんですか?

支配人
支配人

いや、こっちが何を言っても「連れは来る」「もうちょっとで来る」の繰り返しでさ。

 これ以上の問答はムダだと思い、支配人が「お連れ様に電話してもらえませんか? 確認が取れたらお部屋をご用意しますので」と言うと、黙り込んだ挙句に「帰ります」と言い出したとのこと。

支配人
支配人

君達2人の対応は正しかったから、気にしないでいいよ。2人とも明日は休みだろ? ゆっくり休んでね。じゃあお疲れ様!

 対応を代わってくれた支配人にお礼を言い、退勤した私達は従業員駐車場へと向かう道で再び話し合った。

主任
主任

あの女の人、やっぱり気になっちゃうわよね。

 主任の呟きに頷きながら、私も口にする。

視世陽木
視世陽木

俺、1つ気になってることがあるんですよ。

主任
主任

何が気になってるの?

視世陽木
視世陽木

あの女の人、歩いて帰ったんですかね?

主任
主任

え?

視世陽木
視世陽木

だって、ベルボーイの子が「山道を歩いて登ってきてた」って言ってたじゃないですか。ということは車じゃないし、もうバスは終わってるし、タクシーを呼んだわけでもないし。

主任
主任

あっ……

 山の中腹にあるホテルだったので、山頂にある旅館・ホテル街に行くにしても、山の麓まで降りるにしても、徒歩だと2時間以上かかってしまう。終バスはとっくに出ており、場所が場所なのでタクシーも呼ばないと来ない。

視世陽木
視世陽木

となると、こんな暗い中を歩いて帰ってるわけですよね。

 田舎の山道なので、タヌキやイタチといった小動物がしょっちゅう出没する。極稀なことではあるが、イノシシが出ることもあり危険だ。

主任
主任

視世くんって下って帰るよね?

視世陽木
視世陽木

そうですよ。

主任
主任

じゃあさ、帰り道であの女性がいないか注意して見てくれない? 女性がいてもいなくても私達はどうすることもできないけど、なにか後味悪いじゃない?

視世陽木
視世陽木

わかりました。主任は上の方でしたっけ? 上の方は任せますね。

主任
主任

もちろんよ。 お疲れ様!

 私達はそれぞれ帰路についたが、帰り道に女性の姿を見ることはなかった。主任もわざわざメールで連絡してきてくれたが、そちらでも女性の姿は見られなかったらしい。

休日の呼び出し

 休みのはずだった翌朝、私は支配人からの電話で起こされた。

支配人
支配人

私服でいいからさ、できるだけで急ぎで事務所に来れないかな? あっ、もちろん手当ては出すから。

 常ならぬ内容に違和感を覚えた私は、すぐに身支度を整えホテルへと向かった。

支配人
支配人

休みの日に悪かったね。

 事務所のドアをノックすると、待ち受けていたように支配人が出てきた。そのまま奥の応接室へ通される。応接室には見知らぬ男性が2人おり、その向かいには私服姿の主任が座っていた。

視世くんだね? お休みの日に申し訳ない。

 立ち上がった男性が胸から取り出したのは、警察手帳だった。

ちょっと聞きたいことがありまして……

 警察官が事情を説明してくれたのだが、私と主任は開いた口が塞がらなかった。

 簡単にまとめると、「昨夜フロントに宿泊を依頼してきた女性が山中で遺体で発見された」ということだった。

視世陽木
視世陽木

本当のことなんですか?

それを確認するために来たんだ。主任さんには先に確認してもらったんだけど、昨日フロントに訪れたのはこの女性で間違いないかな?

 先に確認してたらしい主任は、小さく頷いて私に合図した。意を決して差し出された写真を見ると、昨夜の女性に間違いなかった

視世陽木
視世陽木

間違いないと思います。

ありがとう。では昨夜の女性の様子について、君からも話を聞きたいんだけど……

 しばらく事情聴取が続き、昼前に私と主任は解放された。

 昨夜、女性はホテルを出た後に山頂目指して歩き出し、すぐに脇道へと逸れて山の中に入り込んだようだ。そして山中での死を選んだらしい。女性の背景など詳しい事情までは教えてもらえなかった。

 私と同じように休日に呼び出された主任は、事務所を出ると青い顔をして私に問いかけてきた。

主任
主任

昨日の夜さ……

視世陽木
視世陽木

はい?

主任
主任

特例で泊めてあげてたらさ、助かってたのかな?

 青い顔をして震えている主任は、ひどく参っているようだったので何も言わなかった。

視世陽木
視世陽木

ホテルの一室で発見されるか山中で発見されるか、それだけの違いだったんだろうな。

 不思議なことに、私の思考はひどく冷静で冷徹だった。

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コメント

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