理不尽な説
優しすぎる男はモテない
1度は耳にしたことがないだろうか?
真偽は別として理不尽な説であるが、この説を体現しているかのような優しすぎるTくんという友達がいた。
今回は学生時代のTくんの身に起きた、悲しくも怖い話。この話をただ「怖い」と判じることに抵抗はあるが、体験したTくんと話を聞いた私が怖いと思ったので、怖い話とさせていただく。
祝

彼女ができた!
学生時代のある日、別のクラスだったにも関わらずTくんはわざわざ報告しにきてくれた。
優しすぎるTくんは、身近な女子に聞いたところ「典型的な良い人で恋愛対象にならない」という、悲しすぎる評価を受けていた。私もモテる人間ではなかったが、自分のこと以上にTくんが心配だったので、リア充爆発しろという気持ちは一切沸かず、心からの祝福の言葉を贈った。
お相手は別の学科の女の子だったので、見たことはあるが知らない子だった。報告を受けた数日後には2人手をつないで歩く姿を大学構内で見かけたため、「幸せそうでなによりだ」と思ったのを覚えている。しばらくして、風の噂で「半同棲みたいになってる」という話も耳にした。
友人の異変
私は怠惰な学生だったため、真面目に大学に通っていなかった。何とか卒業はできた(追い出された?)ものの、ほとんど大学に行っていなかった。

視世、久しぶり。
かなり久しぶりに大学に行ったある日のこと、大学の売店で不意に声をかけられた。

おう、久しぶり……って、お前大丈夫か!?
声をかけてきたのはTくんだったのだが、久しぶりに会った彼はかなり痩せていて、顔色もお世辞にも良いとは言えなかった。

ちょっと痩せたけど大丈夫だよ!
強がってはいたものの、明らかに大丈夫ではなさそうなTくん。目の下にはクマができ、顔も青白い。

いやいや、大丈夫じゃないだろ! 俺でよかったら話ぐらい聞くぞ!?
Tくんは逡巡していたが、あまりに必死な私の様子に「ありがとうな、心配してくれて」とお礼を言い、詳しい話を聞くことになった。人の耳がある場所では憚られる内容なので、校舎裏の人気のない場所で話すことになった。
Tくんの悩み

悩んでるのは彼女のことなんだ……
缶コーヒーを飲みながら、少しずつ話し出す。

付き合い始めてすぐに束縛が強いってのは感じたんだけど、女友達もそんなに多いほうじゃないから気にしてなかったんだよ。
当時はまだガラケーが主流の時代だったが、メールや電話がくるたびに「誰から?」と聞かれるのは日常茶飯事。携帯のロック機能もない時代だったので、メールを見られることも多かったという。

同じクラスの女子相手に嫉妬したりすることもあってさ。講義内容やレポートについての連絡にも目くじらを立てるようになったんだ。
彼女(以下Rちゃんとする)との喧嘩や糾弾に次第に疲弊し始めたTくんは、徐々に別れることを視野に入れ始めたという。

今の口ぶりじゃ別れられてないみたいだな?

それがさ、ついこないだヤバいことがあったんだよ。
Rちゃんがサークルの旅行に行ってくるとこから怖い話は始まる。

出発する日の朝はテンション高く出かけて行ったんだよ。
Tくんの悩み
問題は彼女が旅行から帰ってきた日だった。

ただいま……

お帰り! 旅行は楽しかった?

うん……
出発前のハイテンションとは打って変わって、すっかり元気がない様子のRちゃん。

どうしたの? 大丈夫?

うん、大丈夫だよ。
ごめん、旅行で疲れたから今日はこのまま寝るね。
風の噂で聞いていたように半同棲しているとのことで、Tくんを避けるようにしてベッドに潜り込んだという。

あんなに楽しみにして出ていったのにな……
本当はもっと話を聞きたかったTくんだが、起きてからにしようと放っておいた。
夜中の声
結局Rちゃんは1度も起きてこなかった。
話をしようと起きて待っていたTくんも眠くなってきたためその日は諦め、Rちゃんを起こさないよう気をつけながらベッドに潜り込んだという。寝息なのか呼吸音なのか判別しづらいが、スウスウと聞こえていたためひとまず安心したという。
しばらくしてTくんはウトウトし始めたらしいが、隣で寝ていたRちゃんがムクッと起き上がった。
どうやらトイレに行ったようだったが、結構な時間戻ってこなかった。帰ってきた時の様子がおかしかったのでTくんは不安になり、様子を見に行こうかどうしようか迷っていると、ようやくRちゃんが戻ってきた。

お腹壊してたとかかな。
そう思って眠りに就こうとしたTくん。
しかししばらくして、隣から小さな声が聞こえてきたのだった。

い……

あああ……
最初は寝言かと思ったらしいが、それにしては同じような声がずっと聞こえてくるので耳を澄ました。

いた……

あああ……

いたい……

痛い、痛い……

痛い?
やはり腹痛か何か体調不良を抱えているのかと思い、Tくんは「Rちゃん大丈夫?」と言って起き上がった。

だ、大丈夫だよ……
返事をする声も小さく、明らかに大丈夫ではなさそうだった。とりあえずTくんは電気を点けたのだが、そこで恐ろしいものを目にしてしまった。

Rちゃんは毛布に包まっていたが、ベッドへと続く床に決して少なくはない血液が続いていたのだ。

Rちゃん!!
バッと毛布をはがすと、Rちゃんの服も血で赤く染まっていた。

痛い、痛い……
姿が明るみに出たことで隠す必要がないと思ったのか、Rちゃんは「痛い」とだけ連呼。Tくんは急いで救急車を呼んだ。
真相

何があったか聞いてもいいのか?
デリケートな内容だろうと躊躇われたが、「お前は言いふらすような人間じゃないからな」とTくんは話してくれた。

出発して観光をしてるうちは普通に楽しかったらしいんだ。
しかし事件は夜の宴会で起きてしまった。

旅館に泊まることになってたから、夜は大広間を借りて宴会をしてたらしい。
旅先、気心の知れたメンバーでの旅行、飲み会という要素が重なり、全員のテンションはピークに達していた。

場があまりにも盛り上がりすぎて、飲みすぎたサークルの先輩がRちゃんにキスしたらしい。
こういう言い方は良くないだろうが、大学生の飲み会ではありがちな光景だ。酔っ払って盛り上がるメンバーと、「Rちゃんは彼氏いるからやめなよ!」というメンバーが半々だったらしい。

もちろんあまりいい気はしないけどそういう盛り上がりってあるし、酔った先輩から強引にって状況だったらしいから、俺はRちゃんを責める気はまったくなかったよ。
でもな、と話が続く。

普段から嫉妬心が強くて束縛しがちなRちゃんだから、自分で言うのもなんだけど俺のことをすっごい好きなんだよ。

もしかして、自責の念?
私の言葉にTくんがゆっくりと頷いた。

Rちゃんは何も悪くないのにさ。相手が先輩だから何も言えないし、俺への罪悪感まで抱えてしまって、もう旅行どころじゃなくなったんだって。
場を盛り下げないよう、「も~! 彼氏いるんだからやめてくださいよ!」と笑顔を作って必死に取り繕ったRちゃんだったが、帰ってきて解散するなり心がグチャグチャになったのだという。

深刻に考えて俺にも言えなくて、流し台に置いてた果物ナイフで胸をバツ印に切ってたんだよ。

うわっ……

病院で処置してもらった後に話を聞かせてもらったんだけどさ、Rちゃん、こう言ってたんだよ……

悪いことした私の、贖罪の十字架なの
別れられない

そんな……。Rちゃんは何も悪くないじゃん!

うん、Rちゃんは何も悪くない。ただ愛情が深い、深すぎるってだけなのにさ……
Rちゃんにキスをした先輩を探し出して殴ってやろうかと思ったが、優しすぎるTくんに「そんなことしても時間は巻き戻せない」とやんわり止められた。

でも、この話でちょっとわからないかな?
わかる、言わなくても私にはわかってしまった。

本人がまったく悪くない、キスされたってだけで胸を切り裂く子だ。
別れるなんて言った日には……
話はこれで終わりとなるが、最後に一文だけ書いておこう。
大学を卒業して3年後、TくんとRちゃんは結婚し、今なお結婚生活を続けている。
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