不動産屋の裏事情と「特殊な事故物件」
不動産屋で働く友人から聞いた話だ。
「うちの会社は、事故物件は別のリストにして管理してるんだよ」
他の不動産屋はどうかわからないが、と前置きして彼が語った理由は、ショッキングながらも理にかなったものだった。
お客様の前で物件情報のファイルをペラペラとめくっている時、うっかり『心理的瑕疵あり』などという文字が目に入らないようにするための配慮だという。
事故物件やいわゆる「訳あり物件」は、相場よりも家賃を大きく下げていることが多いため、一般的な物件探しの条件には当てはまらない。
これは、家を探す人々の間に「家賃が安すぎるところはヤバい」という認識が広く浸透しているからだ。
「最近はネットで簡単に家賃相場が調べられるからね。少しでも相場より家賃が安いと、何でもない普通の物件でも『ここ、事故物件ですか?』って疑われることが増えたんだよ」
しかし、事故物件だからといって、必ずしも家賃を下げなければいけないという法的な決まりはない。
世の中には「事故物件でも気にしない」という強者もいるし、交通の便などの立地条件が抜群に良い場所であれば、事故物件であったとしてもすぐに入居者が決まることが多いらしい。
「話は戻るけどさ。うちの事故物件リストの中に、ちょっと『特殊な事故物件』があったんだよ」
不動産屋の裏事情という長すぎる前置きが終わり、友人はようやく本題に入った。
報道されない悲しき事件の真相
「ネグレクト(育児放棄)で、小さな子どもが亡くなった物件だったんだ」
事件や不慮の事故で人が亡くなったとしても、すべての案件がニュースで報道されるわけではない。
世の中の情勢やその日のニュースの多さによっては、よほど凄惨で残忍な事件か、話題性が見込めるものでない限り、大々的に取り上げられないことは多々ある。
尊い命が失われた事件よりも、芸能人の不倫や不祥事の方が連日大きく報道されることに意味はあるのだろうか?……余談だが、これは今後も解消されることがないであろう、マスメディアの闇である。
話を戻そう。
「悲しい事件だけど……その物件の何が特殊だったんだ?」
とても残念で胸が痛むことではあるが、このご時世、幼い子どもが犠牲になるニュース自体は耳にすることが多い。
「家賃の下げ幅が、他の事故物件に比べてすごく小さいんだよ。それに、過去の入居者さんからのクレームもほとんどない」
「お前もさっき言ってたけど、家賃は絶対に大幅に下げないといけないわけじゃないんだろ? それに、事故物件だからって必ず幽霊が出るとか、何かが起こるわけでもないし」
「そりゃそうなんだけどさ。普通の家賃相場とほぼ変わらないレベルだったから、気になって先輩に聞いてみたんだよ」
先輩から聞いた内容は、驚くべきものだった。
開けてはいけない「床下収納」
「『キッチンにある床下収納』さえ使わなければ、何でもない普通の家なんだって」
先輩いわく、その床下収納の扉を開けっ放しにしなければいいらしい。
物の取り出しや収納のために、短い時間だけ開け閉めする分には全く問題ないのだという。
先輩自身も「俺も前の担当から聞いただけだけどな」と言っており、その前の担当者はすでに退職しているため、それ以上の詳しい経緯はわからないそうだ。
「つまり、その『床下収納』の存在が、その物件を事故物件たらしめてるってことか」
確かに特殊な条件で、奇妙な話だ。
その奇妙さを噛みしめているうちに、ふとある疑問が浮かんだ。
「なんで、よりによって床下収納なんだ?」
私のその問いに、友人は顔をスッと曇らせながら重い口を開いた。
「……親が、その床下収納に子どもを閉じ込めてたらしいんだよ。そして、そこで亡くなったんだ」
一瞬で胸が詰まった。
「気味悪がったオーナーさんが手配して、一度、霊能力者に視てもらったことがあるらしいんだ」
霊能力者が霊視した結果、狭く暗い床下収納に閉じ込められて亡くなった子どもの霊が、今もそこにいるのだという。
小さく非力な子どもゆえに、自力で脱出することが叶わず息絶えてしまったため、霊になってからも自縛霊のようにそこから出られないのではないか、ということだった。
「……床下収納なんて、あれば便利だけど、別にないならないでいい設備だもんな」
明かされた衝撃の事実があまりに悲惨で救いがなかったため、私は少し空気を変えるように言った。
「そうなんだよな」
友人が勤める不動産屋もそう判断したようだ。
そのため、過去に死者が出た事故物件だから家賃を下げるというよりも、「床下収納という設備があるのに使えないから、その不便さの分だけ少し家賃を下げる」という名目にしているらしい。
普通に生活していれば、床下収納を1日中開けっ放しにする人などまずいない。
日常生活にほとんど差し支えがないからこそ、クレームも出ない「特殊な事故物件」として成立しているのだろう。
決して信じなかった入居者の末路
「でも、過去の入居者さんで1人だけ、『そんなオカルト話は信じない!』っていう人がいたらしいんだよ」
「へぇ。それでどうなったの?」
「そこに収納してた食品が、異常な早さで悪くなったんだって」
もちろん、その入居者も床下収納の扉を開けっ放しにすることはなかった。
しかし、未開封であるにも関わらず、中に入れた食品がすぐに傷んでしまったらしい。
当然、賞味期限や消費期限には全く問題がないものばかりだ。
「最初は『この床下収納、気密性や断熱性が悪すぎる!』っていうクレームだったらしいよ」
つまり、幽霊や事故物件としてのクレームではなく、保存していた物の劣化が早いことに対する「設備の機能性に関するクレーム」だったのだ。
「言いがかりみたいなもんだろ、それ」
「そうなんだよ」
そもそも、床下収納で子どもが亡くなった事件の後、オーナーは床下収納のユニット自体をまるまる新しいものに取り換えているのだという。
なぜ完全に塞いで床にしてしまわなかったのかは謎だが、最新の新品になっているのだから、気密性や保温性が悪いなどということはあり得ないはずなのだ。
「あまりにうるさいから、しょうがなくもう一度業者を入れて、床下収納を再取り換えしたんだ。でも……結果は同じだったってさ」
物理的に新品へ取り換えた後にも「未開封の食品がすぐ悪くなる」という全く同じ現象が発生したことで、その入居者もようやく「ここは理屈が通じないヤバい場所だ」と薄気味悪さを感じたのだろう。
結局、その入居者は逃げるように早々に退去したのだという。
「あの事件のことを知っている人は、近所にももうほとんどいないみたいでさ。だからあの部屋、意外とすぐ次の入居者が決まるんだよ」
友人は最後にポツリとそう述べて、この話を終わらせた。
現代では、家族でありながら互いへの関心が薄かったり、隣に誰が住んでいるのかすら知らないなど、ご近所付き合いが希薄であることも珍しくない。
凄惨な事実が人づてに語り継がれていた一昔前とは違う。
だからこそ、こうした「見た目は普通の事故物件」は、誰にも気づかれることなく、この街にひっそりと増え続けているのかもしれない。


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