※ 廃墟への不法侵入や肝試しを助長する意図はありません。場合によっては犯罪行為となるので、絶対にやめましょう。
衝撃の告白
1回だけ廃墟に泊まったことがある。
先輩の驚くべき一言から話は始まった。
数えるほどであるが私も肝試しはやったことがあるし、廃墟へ潜入したこともある。しかし、当然というか何というか、「泊まる」という選択肢は頭によぎったことすらなかった。
オカルト掲示板に上げるネタ作りのつもりだったんだ。
今ほどSNSの種類は多くなく、2チャンネル掲示板が最盛期だった時代だ。
××町の山奥に廃墟と化した洋館があるって聞いたから行ってみたんだ。
オカルト好きな友人を数名誘ったが、どうしても予定が合わなかった。しかし一刻も早く行きたい一心で、1人で行くことにしたらしい。
もちろん最初は泊まる気なんてなかったからな?
じゃあなんで泊まったんですか?
普通の人間なら懇願されても泊まらない。これまでとは一風変わった怖い話を聞けると思い、ワクワクしながら続きを急かした。
宿泊の原因
雨が降ってきやがった!
しかもけっこうひどいな……
廃墟の探索中、外から聞こえてきた雨音に焦った。
山奥というほど深い場所ではなかったが、昔あったであろう林道はすっかり獣道と化していた。そのため近くのコンビニにこっそりバイクを停め、目的地の廃墟へは歩いて行ったという。
雨マークは付いていたが、予報では小雨程度だったはず。それなのに目の前は篠突く雨で、2階の窓からの風景は豪雨によってひどく歪められていた。
雨宿りはいいけど、この雨やむのか?
念のため折り畳み傘もレインコートも準備していたが、獣道と化した足場の悪い森の中は危険なので動くべきではないと判断。幸い暑くも寒くもない季節だったので、最悪長時間の滞在となっても大丈夫だろうと考えた。
結論から言うが、先輩が宿泊したのはただの廃墟だった。忌まわしい事故があったわけでもなければ、凄惨な事件があったわけでもない。人が住まなくなったことで無残に朽ち果てただけの古い洋館だ。肝試しの先駆者達によって中は荒れていたものの、建物自体は十分な強度を保っていたという。
万が一に備え、外が見渡せる2階の部屋を拠点に定める。転がっていたイスを窓辺に寄せて、雨がやむことを祈るばかりだった。
高鳴る鼓動
止まない雨にうんざりして祈りを諦め、「今日はここに泊まるしかないのか……」と溜息をついた時だった。
遠くに赤色灯が見えた。パトロール中のパトカーのようだが、雨に霞む景色にチラつく赤色灯の光は妙に毒々しく、妙な胸騒ぎがしたという。
遠目に確認できた段階では、「コンビニで何かあったのかな?」ぐらいの他人事に思っていた先輩。激しい雨音のせいで確証は持てないが、おそらくサイレンの音は鳴っていない。赤色灯だけ回した防犯・防災のパトロールのようだった。
しかし他人事だという安易な考えも、パトカーがコンビニを通り過ぎた辺りで妙な胸騒ぎへと変わった。パトロールだろうという予想は大きく外れ、ついにパトカーは廃墟へと続く林道の入口に停車したのだ。
何しに来たんだ?
心臓が急激に高鳴った。廃墟に侵入者がいる場合、近所の人が通報することが多いからだ。
しかし彼は誰にも見られていないはずだった。コンビニにバイクを停めて飲み物などを購入して退店、何食わぬ顔で出た外には人の姿は皆無だった。
コンビニの店員が通報したか?
一瞬そんな考えが頭をよぎったが、ダラダラと仕事していたうだつの上がらなそうな中年男性店員が、ふらっと寄った若者の動向や無断駐車を気にするわけがない、という失礼な結論を出した。
洋館の所有者に頼まれたとか? いや、そんな個人的な依頼じゃ動かないだろ……
通報もなしにこんな廃墟までパトロールするはずもなく、かといって大雨の影響を受ける家を1件1件順番に見回るはずもない。所有者が見回りを依頼した可能性もあるが、大雨に敏感に反応するほど気配りのある所有者なら、ここまで建物を朽ち果てさせることはないだろう。
様々な考えが頭に渦巻いている彼をよそに、パトカーの運転席のドアが開き警察官が1人出てきた。
謎すぎる結末
で、不法侵入が見つかったと?
ホラー展開を期待していた私は、不法侵入が警察官に見つかるっていう恐怖かと少しガッカリしてしまう。
しかし話はまだ終わりではなかった。
いや、見つからなかったよ。 雨が降る前に建物に入ったから俺の足跡はなかったはずだし、もし足跡があったとしても雨で流されてただろうからな。
じゃあ何があったんです?
その警察官な、建物の中には一切入ってこなかったんだよ。
えっ?
何かを確認する感じで、建物の周りをウロウロしてたんだ。
深夜の廃墟に特に出動要請もなくやってきた警察官。廃墟探訪者を探すでも咎めるでもなく、ただ敷地内を徘徊しただけだという。
怪しいですね。
だろ? 時々立ち止まってしゃがんだりしてたんだけどさ、一通り見たらそのまま帰っていったんだよ。
しかも、来た道を帰っていったのだという。つまりその警察官は、パトロール中に気になることがあったから洋館を訪れたのではなく、洋館こそが目的地だったということになる。
雨が上がって帰ろうとした時にさ、警察官がしゃがんでた場所をチラッと見たんだよ。けど、何の変哲もない花壇とプランターしかなかった。
花壇に何か花が咲いてたりしませんでした?
私のこの問いに先輩は苦笑しながら答えた。
俺も同じこと考えたよ、アジサイでも咲いてりゃなってさ。もちろんそんな都合がいい話はなくて、雑草が伸び放題のただの花壇とプランターだったよ。
梶井基次郎の短編小説『櫻の樹の下には』に代表されるように、小説にはたびたび「花の下に死体が埋められている」という設定が用いられる。特にアジサイは品種によって土の性質で花の色が変化するという特徴が知られているため、推理小説で死体の隠し場所暴きに使われることが多い。
もし死体を埋めてたとしても、さすがにプランターまでは確認しないだろ? 花壇は見るからに放置されてる感じだったしよ。
結局は謎は謎のままで、話を終えた先輩は帰ってしまった。
1人部室に残された私の頭を、謎だけがグルグルと駆け回る。
なぜ警察官は廃墟と化した洋館を訪れたのか?
しゃがみこんだ彼は何を見ていたのか?
行けばわかるかな?
謎の行動を取った警察官が見ていた花壇やプランターを掘り返してみれば、何かわかるのだろうか?
残念ながら、確かめに行く勇気は私にはなかった。
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