今回の話は「自分には霊感がない」と思っている友人(以下Kさんとする)の話。カテゴリーどおり心霊に関する話なのだが、ネタバラしすると「霊感がない人でも恐怖体験はします」という話なので、自分には霊感がないと思っている読者様は読むのを控えた方がいいかもしれない。
魅力ない出張

ビジネスホテルぐらい取ってくれよ。不景気だからってこんなボロい旅館にしなくても……
1泊2日の出張で会社からあてがわれたのは、安さ以外売りがない古い旅館だった。一般的なビジネスホテルと同程度の広さの部屋だったが、全体的に傷んでいた。トイレも風呂も部屋にはなく、共同トイレ・共同浴場を使用しなければならなかった。

せっかく明日は休みなのに、この辺は飲み屋もないって話だし……
チェックイン時に女将に聞いてみたものの、徒歩圏内に飲み屋らしい飲み屋はないとの返答。どうしても外で飲みたいなら繁華街まで出ないといけないとのことだった。
タクシー代を自腹切ってまで飲みに出たいわけではなかったので、近くの小さな商店で購入したお酒と乾き物を部屋でチビチビとやって、そのうち眠りに就いたという。
覚醒しない頭での思考
ミシッ ミシッ
なんとなく夜中に目が覚めたKさん。廊下から微かに床板が軋む音が聞こえてきた。

奥の部屋の学生かな?
Kさんの部屋の奥にもう1部屋あり、大学生ぐらいの男の子達が入っていく姿を目撃していたため、覚醒していない頭でぼんやり考えた。
ミシッ ミシッ
ミシッ ミシッ
奥へ進む足音がさらに響く。
朝の清掃時間を除いてお風呂はいつでも入れるとのことだったので、遅めの入浴から戻ってきたのかもしれない。もしくは少し足を延ばして飲みに行った帰りかもしれない。再び押し寄せた睡魔を受け入れながらそんなことを考える。
ミシッ ミシッ
最後にもう1つ足音を聞いたKさんは、2度目の眠りへと誘われていった。
朝食と学生
翌朝、いつもより少し遅い時間に目を覚ましたKさん。だらだらと身だしなみを調え、朝食会場の食堂へ向かった。食堂に向かう途中、1人の学生から「おはようございます」と挨拶され、笑顔で「おはよう」と返した。
食堂では年配の女性が配膳をしており、「おはようございます。すぐ準備しますからね」と笑顔で声をかけられる。漂っている食事の香りに食欲を刺激されながら、適当な席に腰を下ろした。
奥の席では学生が1人ゆっくり食事しており、「食べるのが遅いから置いていかれたんだろうな」と想像しながら食事を待つ。

お待たせしました。
配膳された和朝食を美味しくいただき、部屋へ戻って帰り支度を始めた。
思い出して恐怖
部屋を出ると、先にチェックアウトする学生の姿が2つ見えた。

お二人様で6,000円ですねぇ。
女将が間延びした声で告げると、学生達は「別々でお願いします」とそれぞれ財布を取り出した。
まだ少しぼんやりしていた頭で、「1泊3,000円か、ケチりやがって……」と悪態をついているうちに学生達の精算が終了。格安の宿泊代を立て替えで支払い、車に荷物を積み込んで出発した。
運転しながら「観光でもして帰ろうかな」なんて考えていると、バス停に先に旅館を出た学生の姿を見つけたのだが、2人の姿を見たKさんはあまりの恐怖に鳥肌を立てた。

夜中に聞いた足音、4人分だったんだよ……

寝起きだったんでしょ? 聞き間違いとかじゃないの?
確認を取るも、Kさんは「絶対聞き間違いじゃないし、夢でもない!」と強く主張した。
しかし聞いた話によると、Kさんの部屋の奥には学生達が泊った部屋しかなく、行き止まりになっているとのこと。勝手口などもなく、「ご自由にお取りください」という貼り紙がされた、タオルと浴衣が置かれた棚があるだけだったという。

他の宿泊客がタオルか浴衣を取りに来たんじゃなくて?
可能性の話をすると、Kさんを恐怖させた驚愕の事実が語られた。

いや、違う。4つのどの足音も奥に進む音で、引き返す足音はなかったんだよ。
最後に彼は1つ付け加えた。

チェックアウトの時、女将も「お二人様」って言ったから、あの部屋に泊っていたのは2人で間違いないんだよ……
Kさんが聞いた、あと2人分の足音の正体は……?
後日の考察
この話を聞いた私は2つのことを考えた。
1つは、Kさんが体験したのはおそらく心霊現象だろうということ。
睡眠時に夢を見ても起きた時にはほとんど忘れているため、夢の内容を無意識に補完しがちだという。覚えている夢の断片をかき集め、足りない部分を補完するので細部が曖昧なことが多い。
しかし、心霊現象は怖いくらいに鮮明に覚えていることが多い。怖い話の代表とも言うべき金縛りの話は、思い出しても震えるくらいに生々しくて怖かったりする。
自分には霊感なんてないと言い張るKさんが、夜中の足音については「絶対に間違いない!」と言い張るぐらいだ。無意識のうちに恐怖を刻み込まれたのではないだろうか?
2つ目は、Kさんは気づいてないのか思い込もうとしているのか、恐怖の可能性はもう1つあるということ。
Kさんが聞いた足音は4人分。2つは宿泊していた学生のもので、2つは霊の足音だと判じたよう。
しかし、もし学生が2人とも部屋にいたとしたら?
時計は見なかったとのことなので、夜中目を覚ました正確な時間はわからない。しかし夜の内でも遅い時間だったのは間違いないだろう。
しかし、泊まっていたのは安い旅館や行き帰りにバスを使う若者。失礼ながらおそらく貧乏旅行で、タクシー代を使ってまで外に飲みに出た可能性は薄いと思う。お風呂の可能性は残るが、旅先の旅館で知らないおじさんに挨拶をするぐらいマナーある若者が、遅すぎるとも言える時間に共同風呂を利用するとは思えない。
あくまで私個人の推測だが、Kさんは最大で4人分の霊の足音を聴いてしまったかもしれないのだった。
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