恐怖の再来
大学生活も後半に差し掛かったある日、再び恐怖体験に見舞われた。
原付が壊れやがった……
大学構内の駐輪場、うんともすんともいわない原付の前で立ち尽くした。
たまたま仕事が休みだった親に迎えに来てもらい、途中でバイク屋に立ち寄る。
中古の原付を都合してくれるよう依頼し、動かない原付の引き取りから廃車処理までお願いした。
しかし依頼したからとすぐすぐ都合がつくわけでもないので、久しぶりとなるバス通学を余儀なくされた。
翌朝、時間通りにやってきたバスに乗り込んだ。
大学生活も後半、卒業に足る単位はほとんど取得済み。
受けるべき講義数も少なく、毎日のように大学へ通うことはなくなっていた。
そんな穏やかな日々の連続で、あの恐怖をすっかり忘れてしまっていたのだ。
大学入学時と同じようにぼんやりと車窓の外を眺めていた。
そして次の停留所が見えてくると同時に、恐怖の記憶がフラッシュバックした。
なんで、いるんだ……?
プシューと音を立ててバスは停車し、後方のドアが開く。
ガヤガヤと乗り込んでくる乗客。
その中の足音の1つが、ゆっくりと近づいてくる。
足音の主は私の隣に静かに腰を下ろした。
怖い怖い怖い怖い……
心臓は高鳴り、ひたすら「怖い」の2文字が頭を支配した。
チラリと一瞬確認した先にいたのは、まぎれもなくあの日の女性だった。
ただひたすら前を向いて座るだけの美しい女性。
だが女性の美しささえも、私を震え上がらせる要因となっていた。
異なる状況
落ち着け、落ち着くんだ……
こっそり深呼吸をしながら、自分自身を落ち着かせる。
毎回隣に座るという行為は奇妙であり恐怖なのは間違いないが、それ以外は何の害もない。
危害を加えられることはおろか、触れられたり話しかけられたりすることはなく、こちらを見ることすらしないのだ。
昔みたいにやり過ごせば大丈夫だ……
冷静に彼女の無害さを反芻させると、少し心が落ち着いてきた。
あとはただひたすら、車窓の外の無垢な景色に心を溶け込ませるだけだ。
しかしすぐ、数年前とは異なることが起きる。
……すね。………か?
小さな声が聞こえてきた。
最初は空耳かと思ったが、蚊の鳴くような小さな声が隣から聞こえてくる。
以前とは違う彼女の行動に少しずつ胸が騒がしくなった。
お……すね。お………か?
しばらくしても隣からの声は止まなかった。
授業中に生徒がコソコソおしゃべりしているような、本人は気を遣っているつもりだけど周りには耳障りな、そんな声。
隣の私にしか聞こえてないであろう声量は、遠慮がちに電話で話しているような声だった。
初めは恐怖していたのだが、不思議なもので次第にイライラへと変わった。
ラッシュの時間帯ではなかったが、バスの中にはちらほら乗客の姿がある。
自分から電話をかけたなら論外だし、かかってきた電話だとしても「後でかけなおします」とでも言って早々に切るのがマナーだ。
もう無理、限界!
周りの乗客はまったく反応していないので、やはり私にしか聞こえてなかったのだろう。
ぼそぼそとした声に我慢できなくなり、やんわりと注意しようと決意した。
意を決して視線を向けた私の目に入ってきたのは……。
最大の恐怖
誰と話してるんだ……?
注意しようと振り向いた先にいた彼女は、電話なんてしていなかった。
お久しぶりですね。お元気でしたか?
お久しぶりですね。お元気でしたか?
お久しぶりですね。お元気でしたか?
お久しぶりですね。お元気でしたか?
お久しぶりですね。お元気でしたか?
お久しぶりですね。お元気でしたか?
お久しぶりですね。お元気でしたか?
お久しぶりですね。お元気でしたか?
お久しぶりですね。お元気でしたか?
お久しぶりですね。お元気でしたか?
お久しぶりですね。お元気でしたか?
お久しぶりですね。お元気でしたか?
お久しぶりですね。お元気でしたか?
お久しぶりですね。お元気でしたか?
お久しぶりですね。お元気でしたか?
お久しぶりですね。お元気でしたか?
行儀よく前を向いて座ったまま、視線を向けた私を見るわけでもなく呟いていた。
うわぁっ!!
思わず声を上げてしまったが、それでも彼女はこちらを見ようとしない。
ただひたすら、「お久しぶりですね。お元気でしたか?」と小さな声で呟き続けるだけ。
あまりの恐怖に、目的地はまだ先にも関わらず降車ボタンを押し、次の停留所で逃げるように降車した。
頑張って徒歩で大学へ向かったが、しばらくの間は恐怖で震えていたのを覚えている。
後日談
次の日からは、新しい原付がくるまでと言って近くの友人に送迎してもらったり、親に送迎してもらって急場を凌いだ。
ちなみに、友人の車で大学に向かう際も、親の送迎の際も、停留所に彼女の姿はなかった。
どういう理屈かは未だにわからないが、私がバスに乗らない限りは彼女は姿を現さないのだ。
大学構内はもちろん、近所でも1度も彼女に遭遇したことがない。
それなのに彼女は私が乗車してくるのをどこかで待っていたのだ。
待っていなければ「お久しぶりですね」なんて言わないだろうし、「お元気でしたか」という気遣いはしないだろう。
それから私は、その不思議な女性について何度も何度も考察し、記憶を奥の奥まで辿ってみた。
様々な可能性や記憶の引き出しを開け、かなりの時間を費やして、ようやく1つの記憶に辿り着く。
しかし辿り着いた先に潜んでいたのも、私を震え上がらせるのに十分な恐怖だった。
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